▼大海に沈む

駆け寄って名前を呼ぶけれど、喉が潰された自来也様から返事がかえってくることはない。
血の海はどんどん広がっていく。急所の回復忍術が追い付かない。
心音はすでに止まっていた。
そんな 嘘だって言って。あなたは伝説の三忍なんでしょう、木ノ葉で誰よりも強い忍の。

「自来也様 だめです!!」

さっきみたいに大見得きって笑ってくださいよ。
それが自来也様でしょう。

「お願い起きて!!!」

「…ヴ…!!」

奇跡だった。心肺停止していた自来也様は息を吹き返し、自由の効かない体で起き上がろうと動き出したのだ。そばにいた蝦蟇様も驚いて声を上げる。

「自来也ちゃん!?」

その声で、暁の衣を纏う男が振り返った。私がはじめ会った奴とは別人だが、あの渦の目玉は同じもの。
気付かれた。

「心の臓は止まってたハズだが」

自来也様は震える指にチャクラを宿し、残る力で 蝦蟇様の背中に暗号のようなものを刻み始めた。

「よし…!確かに受け取ったけんの!!」

最後の一字を締め括った自来也様は―――笑っていた。

「ダイイングメッセージか?」

「蝦蟇様行ってください!!」

暁が向かってくるが、自来也様の命懸けの伝言、邪魔はさせない。チャクラを構えて短発の男を斬り、巨体を掴んで水面に放り投げた。
さらに一人の男が 蝦蟇様目掛けて腕をミサイルのように撃ち放った。
私は咄嗟に横から飛び出してその腕を体ごと受け止めた。しかし、私の脇をもう片腕のミサイルが飛んでいく。

「やめろォオ!!」

それは地面に命中し、粉々になった岩の欠片は水中へと沈みはじめた。
そこに倒れていた自来也様もろとも。

「蛙には逃げられたか」

「自来也様ぁっ!!」

腹に埋まる腕を押し退け、水中に飛び込む。

見つからない。どこにいるの。岩や泡に揺られ、ようやく自来也様を発見する。ゆっくりと沈みこんでいく体に向かって死にもの狂いで手足を動かす。もう少し あと数センチ 手を伸ばした瞬間に、私の体が水面方向へと引っ張られた。暁の1人が私を掴んでいる。こうしているうちに 自来也様は深く深く沈んでいく。嫌だ。まだ届くのに なんで遠退くの。
自来也様 だめ。いなくならないで。
ナルトはどうするんです。ナルトが火影になるまでを見守ってくれるんじゃないんですか。綱手様は。綱手様はあなたの帰りを待っているのに。みんながあなたを頼りにしているのに。
お願いです 一緒に木ノ葉に帰って。


嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
数人がかりで水面に引き上げられ、たしかに捉えていたはずの姿は深海の奥、深い青に溶けるように消えていった。

「自来也様あぁああ!!」

どす黒い悲鳴が外界に放たれた。
体が自然と暴れる。目の前にいるのが誰であろうと足を振り上げ吠えた。男の1人の目玉が私の目線を捉えると 体の自由を失った。重力に従って地面に倒れ、それを他の男たちが立ち上がらせる。小南が傍らに舞い降り、男たちの先頭を歩み始める。声がかれるまで延々と、獣のように叫び続けた。
動け、動け動け動け動け動け動け。



連れて来られた塔の最上階は、暗く、何もない。
目の前の、何らかの装置に身を置く 何者か以外は。

「連れてきたわ。長門」

小南がそれを長門と呼んだ。

赤い髪に落ち窪んだ瞳。痩けた頬。肉体のありとあらゆるものが削ぎ落とされ、骨と皮しか残っていない。いつ死にゆくかもわからぬ老人のようだった。

「時間がかかったな」

声が、あの長髪の忍と違う。

「ひどく暴れて大変だったわ」

「チセに良く似ている」

「お前らよくも自来也様を!!殺してやる!!殺してやる!!!」

「受け入れろ」

「ちがう!お前なんかじゃない!!お前は自来也様を殺した!!偽りだ!!私は……私は木ノ葉の忍だ!!!」

「偽りではない。このオレがお前の本当の父であり、ペインの正体だ。自来也先生が戦ったペインたちは オレが造り出した代理に過ぎない。自来也はたかだか操り人形と戦い死んだのだ」

「自来也様を侮辱するな!!!」

「……仕方ない。小南、あれを運べ」

男は小南に何かを指示する。
彼女は部屋を出、何かを乗せた荷車を押して戻ってきた。

「オレの言葉を受け入れられないなら、自分の目で確かめるといい」

ペインたちに引き摺られ、屈められ、私は小南の運んできた物の前で跪いた。
大きく、縦に長い冷たいカプセル。近くに寄り、中に何が入っているかを知る。

言葉が出なかった。
涙も出なかった。
私の目の前に、私によく似た横顔。陰影が頬の滑らかさを際立たせてはいたが、石のように固く凍てついているのだろう。血が通っているわけではないのだから。
胸の上で重ねられた手。
かつてその手は、私を抱き上げた。
その喉は、私に名を与え、私を呼んだ。

「母上様にあやかって、この子をシズクと名付けようと思うんです」

―――こんな悲劇、誰が信じるだろう。
凍った棺に眠るのは、雨月チセその人だった。

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