▼雨隠れの再会

「潜入成功。意外に簡単にいったが、さてどーかのォ」

着水した地点から見上げる雨隠れの里。
霧雨で輪郭を失った灰色の街に、林立する鉄塔。アンテナや看板がアンバランスにつきだしている。
穏やかな陽の光に包まれた木ノ葉の里とは なんだか正反対の風景だ。

「雨隠れへは過去に潜入経験があるんですか?」

「潜入とはちと違ェが 里の郊外に数年滞在したことはある」

「滞在…?」

「長い話になるからのォ。…シズク、お前はどうなんだ。この里で生まれた事実以外に、何か覚えはあるか?」

「いいえ、詳しくは何も…」

「お互い積もる話になるな。またあとでだのォ……まずは 行くか」

「はい」

*

雨隠れの下っ端から聞き出したのは、“ペイン”なる忍がこの里を統治しているという、我々が知りうる雨隠れとはかけ離れた情報だった。

「前回の中忍試験もそれ以前も、雨隠れの調印は半蔵様のものだったはずです。この里へ交渉に出向いたカカシ先生も、顔は見てないものの 半蔵に接近したと言ってました」

「里や国ぐるみで周囲を欺いてたんだろうのォ。その頃は既に、半蔵は現体制に消されてたか」

「……」

「今の指導者は裏に隠れて暁の活動ってとこだのォ」

かの有名な“山椒魚の半蔵”と その関係者全てを消した現統治者。部下はその忍を“神”と呼び崇めている。
狂信的な体制だ。捕虜にした忍を囮に、自来也様の術でその男の影に隠れ、雨隠れの中枢へと進んでゆく。
開けた場所へ出た直後 宙を舞う白いなにかによって、進行方向が埋め尽くされる。

「!」

それは紙だった。自我を持っているかのように一斉に飛んできた紙は、捕虜の体を覆い尽くしていく。

「火遁・炎弾!!」

煙の中に浮かぶ黒い装束は 暁のもの。
徐々に形状が人に近付き 青紫の髪に花のコサージュを飾った女が姿を現す。

この人のこと……わたし、どこかで。


「蝦蟇平・影操りの術か」

くの一が発したのは、自来也様だけが知ってるであろう術の名。
そして自来也様も、彼女に まるで里の仲間に語りかけるような口調で話しかけた。

「ペインという奴をおびき出そうと餌をまいたが、まさか食いついたのがお前だったとはの。術のキレも良くなったが…いい女にもなったのォ 小南」

「……小南…?」

思い出した。この人とは、現実ではなく記憶の中で出会ってる。記憶の中で、私の母は会話の相手を小南と呼んでいた。
その人物が いま目の前にいる。

「自来也様…知り合いなんですか?」

「さっき少し話しかけたが…ワシは忍界大戦で出た孤児を、師として一時面倒見とってのォ」

「え!?」

「その一人があの“小南”だ」

紙使いの小南は無表情で私たちを見下ろしている。師匠なら、自来也様に温情があってもいいはずなのに、視線は冷ややかで。

「小南、ペインとは何者だ?」

「先生には関係の無いことよ。それに 用も無い。私たちの目的は……シズク アナタよ」


飴色の瞳にまっすぐ射抜かれる。
この人が出現してからは、自来也様は一度も私の名を呼んでいないのに、私の名前を知っている。
会話を盗聴されていた?
心を読まれた?

「どうして私の名前を」

「名付けの時 私もその場に居たでしょう」

「…!!」

「何だと!?小南 お前今なんと、」

「先生には関係のないことよ」

小南は肩から紙の翼を生やし、みるみるうちに上昇していく。

「神からの命令よ。自来也先生、アナタを殺す。そして彼女は連れて行く」

「……そんな真似はさせないっ!!」

《火遁・火柱!!》

私は印を結び、向かってくる紙の刃を次々と燃やし落とす。その隙に自来也様が油弾を小南へと撒き散らした。油で貼り付いて、彼女は身動きを取れない。

「折り紙が好きなお前は あの子たちの中でもとりわけ優しい子だったのォ」

「……」

「他の二人はどうした?死んだという噂は嘘なんだろう?」

「…」

「やはりの。ペインとは あいつらの内のどちらかじゃの?」

「先生はあれからの私たちを知らない」

「確かに知らないがのォ、“暁”のやっとることは間違っとる!」



「―――これが自分で考えた結論ですよ。自来也先生」

声がしてようやく、私も自来也様も敵の襲来に気づいたほどだった。

「なっ…!?」

その男もまた、自来也様を先生と呼んだ。
派手な色の長髪に、顔中に埋め込まれた、黒いピアスのようなもの。そして、渦を描く薄紫の瞳。
ぞっと悪寒がする。

「外見はだいぶ変わったが その眼 やはりお前がペインだったか……長門」

「アナタは知らなくていい。所詮外の人間だ」

気味の悪い瞳は、自来也様から私へと焦点をずらした。目を合わせると幻術にかかるかもしれない。写輪眼のように。とっさに目線を男の足元に移したが、その間に、長門と呼ばれた男は信じられない言葉を呟いた。

「よく帰った 我が娘よ」

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