▼瑠璃色の夜
当初予定していた日程を大幅に遅れて、第7班は木ノ葉の里へ帰還した。
カカシ先生の文により事態の結末を知っていたのか、三代目様はヘトヘトのわたしたちを労り、詳しい経緯を聞き出すことはしなかった。新米下忍にとって波の国での出来事がどれほどショッキングな体験だったかを、汲んでくださったのだろう。
白の言葉、雪に化粧された死に顔。思い出すだけで、血の気配が 指先にじわじわと滲んでくるようだった。
はやく家に帰りたい。
なんとなく、シカマルに会いたい気持ちだった。
*
離れには帰らずに、奈良家の二階の出窓に、直接降り立ってみる。窓が開けっ放しになっていたけれど、部屋に明かりはついていない。
ちいさく名前を呼んでみる。
「おーい シカマル?」
返答がない。起こしちゃ悪いし、帰ろうかな。
しかしちょうど地面へ飛び移ろうとしたところで、部屋の中から声がした。
「……シズクか」
窓の桟に手をかけて顔をのぞかせると、ベッドから上半身を起こしたシカマルと目が合った。
「ごめん。起こした?」
「いや 寝てなかった」
入れよ。そう言ったシカマルの声が、いつもと違うとすぐにわかった。
「なんかあった?」
「なんでもねえよ」
「ハイ嘘」
雲間の三日月の、あわい光が暗差し込んで、苦しそうな表情が照らされる。伏せられた瞳の、目線はどこか遠くて。手に触れてみると、ひどく冷たかった。
わたしはこの気持ちを知っている。
波の国で、わたしたちが忍としての洗礼を受けたように、シカマルもまた重要な任務に従事して、人の命のやりとりをしていたんだ。
こんな冷えたままにしておけない。拳をそっとひらいて、両手を重ねてみる。でもいったいなんて言えばいいの?
「シカマル あのね」
迷った末にわたしはこの数日で自分に起きたことを素直に打ち明けることにした。
「わたし 任務でミスしちゃった。敵を殺せなかったの」
伝えると、シカマルの眉間がぴくりと揺れた。
「その人が言ったの。自分は大切な人を守るために戦う、大切な人のために強くなるって。わたしたちに大事な人がいるように、相手にも、そういう存在がいるんだよね」
相槌もないまま、シカマルはわたしの言葉にじっと耳を傾けている。
「この世界、思ってたよりずっと厳しい。わかりあえたかもしれないのに、殺し合いでしか関われないのかなって思ったら悲しくて……。でも他にどうすればいいかもわかんない」
「……」
仲間の命は守る。敵とは戦う。そう教えられてきた。じゃあ仲間じゃなかったら、敵なら殺してもいいの?勝ったものが生き、他は命を落とす、忍は、ほんとにそれだけなの?
きっとちがう。わたしたちの里はそんなに悲しい世界じゃないよね。
「ほんとは戦いたくない。でも今は……わたしも大事なもののために戦う。今はまだ、それだけでいいよね」
わたしたちは弱くて、もがくので精一杯だ。でもいつか、仲間を守るために強くある、そういう人間に、なりたい。
「シカマルも任務おつかれさま。おかえり」
わたしがそう呟くと、シカマルのかすれた声が同じ言葉を紡いだ。手に力を込めると、握った手はかすかに震えて、わたしの手を握り返した。
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