▼たけくらべ
どこからか 秋の虫の音が聞こえてくる。日々 風は冷たくなって、自来也様との約束の日が迫っていた。
時おり、シカマルと私は二人で紅先生のところを訪れる。
会うたびに紅先生のお腹は少しずつおおきくなってゆく。いとおしそうにその丘を撫でる彼女を見て 胸を撫で下ろす。
その帰り道は決まって、シカマルがいつもより優しい。
「私 これから綱手様のとこなんだ」
「任務か?」
「うん」
「なら送ってく」
「でもシカマル忙しいでしょ」
「集合までまだ時間あんだよ」
「今日はやけに親切だなあ」
「一言多いっての。いいから黙って送られてろ」
暁討伐の潜入任務へ出向くことを、わたしはまだシカマルには告げられなかった。シカマルのそばにいると誓ったのに、その約束をすぐに破ろうとしてるのだ。
弁解の言葉もない。
ごめん。ごめんね、シカマル。
見慣れぬ連絡鳥が、つうと頭上を横切っていった。
ああ、思ったより早かったなぁ。
火影邸の前まで来て、シカマルが足を止めた。私は90度方向転換して、向かい合う。
今日は風が強くてよかった。私の表情は髪に隠れて、シカマルには見えてはいないだろう。泣きそうな顔なんか見られたら、察しのいいシカマルに勘づかれてしまったかもしれない。
別れの挨拶じゃなくて、他愛もないような話がしたい。
「シカマルさ、また背のびた?」
「は?」
だってほら、と私の頭のてっぺんから伸ばした手は、シカマルの肩にトンと当たった。
「ホラ。頭ひとつぶん高い」
「あー 言われてみりゃ確かに。成長期ってやつか」
「アカデミーの頃は私の方が大きかったよね」
「そうだったか?」
「そうだよ!」
昔はそうでも、いまは違う。これから季節は巡り、紅先生のお腹は大きくなっていって。周りは、みんなは、どんどん変わっていくのだ。
たとえ私が帰ろうとも、帰らずとも。
そう考えたら鼻の奥がツンときて、俯くと、シカマルが私の顔を覗き込もうと 少し猫背になった。
「おいどーしたよ。いきなり黙っ……、」
たけくらべした手をそのまま肩に添えて、ちゅっ 私がシカマルにキスしたのと秋風が吹いたのとはほぼ同時だった。
まさか公衆の面前でくちびるにキスするとは思わなかったんだろう。シカマルは目を見開き、ぽかんと口を開けて唖然としている。
ちょっと、してやったり感。
じゃあね シカマル。
シカマルが怒り出さないうちに、私は階段を賭け上がっていった。
*
シズネさんは不在なのか、執務室には綱手様ひとりきり。卓上の書類を片隅に押しやって 物思いに耽った様子で頬杖をついていた。
「なぜ装束を整えてる。任務の予定は入れてないぞ?」
「自来也様の諜報任務に同行します」
「……何だと?」
綱手様の気配が激変したのを私は見逃さなかった。
「許可はできない。アイツが探してるのは“暁”の首領だ。お前が太刀打ちできる敵じゃない!」
目の前で私を睨む綱手様越しに、窓の外に広がる木の葉の里の風景を眺めた。
「たしかに私が赴いても望み薄です。私じゃなくても、木ノ葉の手練れの上忍たちでも難しいでしょう」
「……」
「並の忍には敵わない。そういうケースがあると自来也様が動かれる。だからあの方はこれまでも 一人里を離れて戦ってきているのですね。長年ずっと」
「……!」
あの強気で勇ましい綱手様が、今までに見たことのないような苦悩の表情を浮かべた。
師匠、どうか許してください。首を締め続けるような言葉をあなたに向けて。でもどうしてもあなたの口から言わせずに、許可を得ないといけないから。
綱手様は随分長いこと黙りこみ、葛藤の末に、「馬鹿野郎」と私に告げたのだった。
*
里内某所。
待ち合わせの地点で、自来也様は頭をガシガシとかいて溜め息をひとつ。私も無鉄砲なタチだが、自来也様も大概 頑固者なのだ。
「ったくら本当に来ちまったのォ」
「五代目様も了承してくださいました」
「綱手のやつ 面倒なことしてくれおって。なんだかんだであいつも弟子にゃ甘いのォ」
「面倒でも約束は約束です」
風がやまない。最期に塵になるとしても、恐れを断ち切って戦士になる。
「……これをお前にやる」
自来也様は私に、若い蝦蟇を一匹与えた。契約をしなくても使用できるという 移動用蝦蟇。
てのひらに乗るほどの小さな蝦蟇でも、妙木山秘伝の複雑な時空間忍術がかけられているのだ。
里から里へ時空間忍術で移動するという第1歩からして、普通の忍とはスケールが全く違う。
「よいか この蝦蟇を絶対離すんじゃないぞ。任務時肌身離さず持ってればこやつがお前を守る」
「わかりました」
開かれた蝦蟇の口内に足を踏み入れ、私は自来也様に続いて 雨隠れの里に侵入した。
厚い雲に遮られ雨の降る、色のない街へ。
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