▼ 大人になると決めて

帰宅したあとの記憶は曖昧だった。
母ちゃんに涙声でおかえりと言われ、親父には言葉なしに肩を叩かれた。たしかそうだ。そんで風呂上がってすぐ、髪も乾かさずベッドに潜った。とにかく瞼が重かった。
そういや眠りにつく直前にシズクが部屋に来たような気もするが―――状況があやふやなんだが 今はどうでもいいか。残る眠気に、柔らけえ感触へと頭を預けもっかい瞼を閉じようとして、待てよと頭が冴える。

「……」

目を開けると、シズクの長い髪と寝間着が視界を埋め尽くしてた。

「げ……」

どうやらオレは、ガキみてーに抱き寄せられて眠ってたらしい。寝惚けてシズクを布団に引っ張りこんじまったのか、コイツが自分から潜りこんできたのかどっちだか知らねぇが、どっちにしろまずい。
距離を置くために体勢を変えようとすると、やおらシズクが声を発した。

「シカマル、起きたの?」

存外はっきりした声だった。


「お前 起きてたのか」

「うん」

「起こしてくれりゃいいのによ」

「ぐっすり寝てたからさ」

シズクは枕に頬を寄せて穏やかに微笑んで見せた。

「今日ぐらいゆっくり寝てて」

こんな風にやさしく笑うこいつを、すげェひさしぶりに見た気がする。

「そういうお前だってこの数日間気が気じゃなかったんじゃねーのか」

「まあね」

「だったら眠ってろよ」

オレは再び横になり、シズクを引き寄せた。シズクもまんざらでもなさそうにちょっと笑って、向こうから顔を寄せてきた。
指先でその柔らかい唇に触れて、そのあとは唇同士で、何度も何度も掠めるように触れ合う。いつもじゃれあいの程度だが、今日は こんなんじゃ足りねェ と胸の奥でざわざわしたものが揺れ動いた。
無性に触れてえ。
こいつはオレの帰りをずっと待ち続けて、役目を終えるその最後のときまでオレのそばにいると言った。今もこうしてオレをまっすぐに見つめてくる。言葉じゃ説明しがたい感情が 胸の奥にある。

「シカマル?」

オレの目つきがさっきまでと違うことに、シズクも気がついたようだっだ。瞬きを繰り返すシズクの唇を塞ぎ、その隙間から舌を差し入れて、早急に舌を絡めとった。驚いたのか、オレの襟元をぎゅっと握り締めてきたが、すぐにおとなしく、されるがままになっていく。しおらしい態度をいいことに、その手首を掴み、指先を伸ばしてみた。絡む指先に、どちらともなく汗が滲んでくる。

「……ん…」

息が苦しくなるまでひたすら唇を重ねると、オレたちしかいない部屋に、舌が絡み合う音と衣擦れだけが響く。そのうち 静けさに混じるかすかな声に、頭がかっと熱くなった。
ようやっと解放すると、シズクは肩で息をして、潤んだ瞳で見つめ返してきた。ベッドの上で無我夢中で口づけして、考えることといったらまあ、その先にある行為なわけで。
無言で呼吸を繰り返しながら、頭ん中でオレたちは多分同じことを考えてた。

この先をオレたちは試したことがない。まだガキだし早えとか、もう少し成長して大人になったら自然とそういうことになんだろうとか いつも言い訳作って、保留してきたわけだ。
だがオレはもう、守られてるだけのガキじゃいられねェ。カッコいい大人になりてェと思うし、アスマにはそう誓った。大人になる時期が来た。責任も、将来も、全部この手の中にある。
だからお前との関係も、いつまでも拙いものじゃ足りねェ。こいつの心も体も全部欲しい。どうしても、いま。

けど オレにこいつを守る力はあんのか?

躊躇したオレに、シズクの瞳がふっとまるく弧を描いた。

「ねえ シカマル」

そのままオレの首に両手を回し、囁くのは。

「私も、いまがいい」


んな目で見んなって。ホントに抑えきれねェんだから。


「……いいんだな」

「うん」

「途中でやっぱナシだとか聞かねェからな」

「うん」

「待ったも無しだぞ」

「わかってる」

腰にやんわり手を回して、オレはシズクに覆い被さると、今度はこいつからキスを求めてくる。
唇が濡れるような深い口づけを交わしながら、寝間着のボタンに触れてみた。シズクはぴくりと震えたが、抵抗する気はねえらしく 瞳を反らしてじっとしていた。

少しずつ、夜の空気にさらされていく、滑らかな肌。露になっていく胸のなだらかな曲線に、無意識にごくりと息をのむ。緊張してか、三つ目のボタンがなかなか外せねェ。情けねェな、オレ。焦って指を動かしてると、シズクは顔を真っ赤に染めて、くすぐったそうにまた笑った。

「下手くそ」

「うるせェ。めんどくせーんだよ、ボタンひとつずつ外すの」

オレたちはもうガキじゃなくて、大人になる決心をした。明日が必ず来ると思うのを、やめた。

その夜、オレははじめてこいつの肌にじかに触れたのだった。

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