▼一発殴らせて

鼻の効くオレは、正門付近にタバコの香りを感じ取っていた。どうやら今回は遅刻しないで済みそうだ。
第十班は今夜出発するつもりらしい。アスマの教え子たちが覚悟を決めたんだろう。

透き通るような真夜中には、オレはよく知る 弟子の匂いも漂っていた。そして思った通り、下を向いて静かに泣き崩れていた。何度目だろうな 泣きじゃくるシズクの元にこうして跪くのは。

「!」

足音に気づいたシズクが頭をあげる。ごめんね。お前が望んでいた奴とちがくて。彼女の頬にまた涙が伝い、ぱたぱたと地面に落ちていく。

「カカシ先生」

ここに来たのがあいつだったら、お前は泣き止んでくれただろうに。お前の好きな人はもういってしまうよ。

「シカマルが行っちゃう……」

シズクは嗚咽を必死に喉奥に押し込みながら、第十班が里を発つとオレに告げた。

「わたしじゃ シカマルの力になれない……っ」

「オレがシカマルだったとしても、お前を連れていかないよ」

両手に顔を埋めて涙を流す姿は、ガラス細工みたいに脆く見えた。壊れ物を扱うようにその髪を 頭を撫でて、彼女を諭す。

「オレだったら、好きな女には信じて待ってて欲しいと思う。きっとあいつも同じだよ。お前が待ってれば意地でも帰ってくる」

ようやく上げたシズクの、目尻に溜まる涙を指で拭うと、弱々しい泣き顔がだんだんと忍の顔へと戻っていった。

「カカシ先生、お願い。第十班について行って。シカマルたちを助けてあげて」

「わかってる。ナルトにもそう言われて来たんだ。オレもアスマの死を無駄にはしたくはない。あいつの弟子たちが覚悟を決めたなら付き合うつもりだ」

「カカシ先生……」

「今度はオレからお願いね。お前はこの里で、シカマルやオレたちの帰りを待つこと。あいつは……多分オレもだが、結局はお前が安全な里で待っててくれないと何も出来ないんだからさ」

お前はこの里で待ってて、万事問題ないって無邪気に笑ってくれ。

「それと今日は帰ってもう休むこと。ひどい顔色だ」

「……はい」

シズクの小指に自分のを絡め、こどもの約束のようにオレは、誓った。
真夜中はじきに去る。

*

正門では五代目と第十班の忍たちが揉めているようで、少し離れた物陰から様子を伺うことにした。

「このまま逃げて筋を通さねェまま生きてくような、そういうめんどくせー生き方もしたくねーんすよ」

アスマの教え子たちは、しばらく見ない間に凛々しい顔付きになっていて。
忍としても下忍教師としても、こいつらがどう立ち向かうのかを見届ける必要があるとたしかに感じた。
お前たちは三人きりだと五代目が断言したところで、「小隊は四人いればいいですよね」名乗りを上げる。


「カカシ!」

「カカシ先生!!」

「第十班にはオレが隊長として同行します。それでどうですかね?」

「お前……」

「止めたところでコイツら行っちゃいますよ。だったらオレが付いてけば監視役にもなりますし。ムチャはさせませんから」

五代目も折れた。

「分かった……好きにしろ!」

いのやチョウジが安堵の表情に変わる中、シカマルだけは依然として険しい眼差しを変えなかった。


「ナルトはいいんすか?カカシ先生」

「なーに オレはもうアイツにとっちゃ用済みだ。ま!それに今は別の隊長も付いてるしな」

そんなことより、と呟き、オレはシカマルに耳打ちした。

「今度シズクを泣かせたら、ただじゃおかないよ」

「!」

言葉少なに彼女の前から去ったことをシカマルも内心は後悔しているのだろう。シカマルは一度目線を落とし、静かに頷いた。

「ま!任務が終わったら一発殴らせてよね」

「……めんどくせーけど……まあ、気が済むまで何発でもどうぞ」

このまま彼女の涙が流れ続けて足下で小さな海になりませんように。オレが出来ることはそうならないように戦うことだけだ。

「それじゃアスマ班、行きますか!」

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