▼long kiss goodbye

あの日から数回目の夜が来た。日中に感じる暑さも日が傾けば涼しさを感じるくらいで、季節は確実に移ろいを見せている。いつの間にか、夏が終わってしまいそうだ。

もうじきシカマルは出発するだろう。
きっと、私には一言も残さずに、行くのだろう。

仕事の山を押し退け、私は木ノ葉病院を出て正門の方向へ向かった。いつだったか、サクラが話してくれたっけ。里を出る通りへと繋がる道で、サスケとふたり、話をしたと。

そこでしばらく待っていると見慣れた姿が目に入った。
シカマルは一人、正門へと向かう道を音もなく歩いていた。
良かった 会えた。


そのうちにシカマルが私に気づいて足を止めた。


「シカマル」

声をかけると シカマルは無理やりにはにかんでみせた。

「何も言わずに行っちゃうのかと思ったよ」

「悪ィな」

「……私も一緒に行っちゃだめかな。……相手の一人が不死身なら、私の瞬間回復能力は少しは役立つと思うけど」

「いや、いい。チョウジといので十分作戦は練ったからよ。お前が暁と接触して逆に能力に目ェつけられても困るしな」

「……そっか わかった」

そう言うだろうと思ってた。
シカマルは私を絶対に連れて行きはしない。そういう奴だ。いのやチョウジくんのことだって、自分ひとりで敵う相手だったら誘わなかったはずだ。
私に対して日頃から散々無茶するなと怒っておいて。今自分のことは棚に上げて。ずるい。

ねえ どうすればいい?
行かないで そう言いたい。

「シカマル」

「……」

「……どれだけ……どれだけ遅くなってもいい。どれだけひどいケガしたっていい。その時はわたしが治すから」

「ああ」

「だから、必ず……意地貫いて帰ってきて」

固く握られたシカマルの右手を、両の手のひらで包み込む。かなしいほどに冷たくて、目が潤みそうになるのを堪えて強く握った。
私のたいせつな人は あと数時間すればこの手が武器を握り締め、修羅の道を踏む。
これは仇討ち。
アスマ先生を“儀式”で殺したという忍は、およそ木ノ葉の忍には理解し難い信仰を持っている。言葉による訴えは何ら意味を成さない。そんな理性を介さない相手の首を取りにいく。
ああ、私の大好きな人はこれから復讐に向かい、人を殺しにゆく。


「悪ィ。もう時間だ」

言えない 他の言葉も見当たらない。


「カタつけたら、必ず顔見せる」

握った手を離して、シカマルは私に背を向けて歩き始めた。
姿を見るのが、これが最後になるかもしれない。
そんなのいやだ、いやだよ。

お願い足を止めて。
怖いって弱音を吐いて。
めんどくせーって愚痴を言って。
使命なんて負わなくていい、投げ出して逃げて。
けれどわかってる。振り返ることはない。あなたは勇気のある人だから決して逃げない。

でもお願い。
お願いだから いかないで。

その背中が見えなくなるまで見送らなければならなかったのに、涙が溢れて見えなかった。


「いかないで」

小さくなった背中に、やっとの思いで喉奥から絞り出した呟きなど、聞こえなかっただろう。

けど多分、最初から届いていた。

お願い せめて私のこの心だけでも、持っていって。

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