▼第十班

トントンと、包丁の心地よいリズムに乗って、朝はやってくるもの。目を覚ましたら布団を畳んで押し入れにしまって、顔を洗ったら台所でおばさまのお手伝いをする。それが、私が小さい頃 奈良家に居候していたときの習慣だった。
おばさまとおじさまは私を実の娘のように大事にしてくれて、いつも四人で食卓を囲んでいた。 

「いつぶりかしらね。こうやって一緒にごはんを作るの」

お玉で鍋をかき混ぜ、ヨシノおばさまが言う。すぐにいい匂いがし始める。おばさまと並んで流しに立ち、料理をよそった。

「父ちゃんはね、いつもああなのよ。困ったもんよね」

「……私は…シカマルに何をしてあげられるんでしょうか」

シカマルが自分で決めるまで声をかけるな、というシカクおじさまの言葉が頭から消えない。

「私が苦しい時は いつもシカマルが泣き止むまでずっと側にいてくれました。当たり前のように。それなのに私は、シカマルに……何も……」
 
おばさまは料理の手をとめ、私を見る。

「現実を受け止める方法は、人の数ほどあるのよ。あなたにはあなたの。シカマルにはシカマルだけの。受け止める時間が必要なのよ」

「はい。……ほんとのことを言うと、シカマルに何て声をかけていいか、私わからなかった。今どんなに苦しいか……それを想像したら、何も言えない。世界で一番たいせつな人が苦しんでいるのに、私には何ができるの?」

涙声になった私を、おばさまは両手で支え、そっと語りかける。

「夫や息子が同じ苦しみを抱えたとき、いっそ代わってあげられたらと思う。どうしたらいいか、その度に私もいつも迷うわ。きっと正解なんてないのよ」

おばさまの声は深い悲しみに満ちていて、それでもひどく優しいものだった。

「待ちましょう。あの子は必ず答えを見つけるわ」



その日の夜明け。
戸が開け閉めされる音がして、私は気になって、縁側に面した和室を覗いてみた。 
シカマルの姿はなく、燭台は倒れ、あちこちに暴れた跡がある。
けれど将棋盤の上には、飛車と角行、それに、二つの駒に真っ向から対立する形で桂馬が指されていた。

シカマルが現実を受け入れた跡だった。



*

「チョウジなら裏山にいるぞ」

朝っぱらから戸を叩いたオレに、チョウザさんは余計な詮索をせずそれだけ伝えてくれた。チョウジがよく修行場所にしてる裏山には、すでに無数の大穴。掘り返された土がまだ柔らけえ。

「ヘェ 大したモンだ」

音の響く穴に向かって、オレは顔を覗かせた。

「また深く抉ってんなァ。チョウジ」

チャクラの切れてへろへろなチョウジに声をかける。

「あっ!シカマル!」

大穴の底目掛けておばさんからの差し入れを落とすと、チョウジはそれをペロリとたいらげ、オレのところまで一気に上がってきた。

「で、いつ!」

「!」

「やるんだろ。ボク、何すればいい?」

チョウジがやる気なのがちょっと意外で黙ってると、「まさか……ボクは……用なし?」とチョウジが項垂れる。
そんなわけねーだろ。チョウジ、相棒のお前がいなきゃはじまらねえよ。

「なら早速、ひとつ頼めるか」

言わなくてもわかんだな。いのを訪ねてもそうだった。

「シカマルっ!!やるのね!」

オレたちはやっぱ同じことを考えてた。
これで三人が揃った。
オレたち弱ェけど 三人じゃない。
もう一人 側にいるから。

夕暮れ時、木ノ葉の共同墓地には人影があった。
あちこちを動き回る小さな影。墓石に水を掛け、汚れを拭き取り、花を活けるこどもたちの影。オレたちが守るべき存在だ。
アスマの墓がある辺りにも、ふたりのこどもが腰をおろしてる。シロツメクサで編んだ冠を供えてるらしい。

「ありがとな」

こどもたちはオレにちょっと頭を下げると、足早に去っていった。

カキン。ライターを扱うのも手慣れてきた。
煙草に火をつけ、シロツメクサの中央、まだ真新しい名前の下に添える。鼻を掠める苦い香り。

墓に彫られた名前を見ても、もう涙は込み上げてこなかった。

「顔出すの 遅れてすまない。……もう迷うのやめたよ」

オレたちがこれから成すべきことは アンタが託していったこの里の“玉”を守ること。それは同時に不死身の忍を二人 血祭りにあげることだ。これがオレたちの筋の通し方。見方を変えれば、ただの復讐かもしれねェけど。

「すんげー無茶なことしようとしてるかもしんねぇけど、見守っててくれよな」

いのは、色とりどりの花を。

「アスマ先生」

チョウジは腕いっぱいに抱えたお菓子を。

「アスマ先生」

猿飛アスマの名前は色鮮やかに縁取られた。

「アスマ……先生」

悪ィけど、ライターは借りてくぜ。
アンタはオレたちと共にいる。そうだろ 先生。

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