▼耳元の答え
アスマの部下としてオレから紅先生に伝える責任があると、決意してインターホンを押したつもりだった。アスマ先生が あなたの夫が任務で殉職しました という死神の宣告じみた言葉を。出来るだけ思い浮かべねえようにしながら口にしようとした。だがいざ紅先生の顔を見て、うまく声が出てこなくて。
微かに紡げた言葉に紅先生が崩れ落ち、うちっぱなしのコンクリートの通路に啜り泣く声だけが響いた。震える肩、顔を覆った先生の指の、左の薬指に光るプラチナ。
婚約指輪 何ヵ月分貯金したか、アスマに聞き忘れたな。
*
盆の明けた、秋がほんの少し混じりはじめた日だった。
人ひとり死んでも世界は終わらない。規則的に朝がくる。また木ノ葉隠れの1日がはじまる。
喪服の袖に腕を通しても 葬式の場に 足が向かなかった。
なんとなく、会いたくねェような気がして。
「あらシカマルくんや。久しぶりやねえ」
「どーも」
「最近忙しいのかい?」
「あー、はい まぁ」
「この暑いのに大変やねえ。アスマ先生たちも最近ご無沙汰で」
「……」
「ん?浮かない顔やね」
「おばさん……アスマは……」
二度目に口に出したのは、通い慣れた店先。
「……じゃあ 昨日亡くなったっていうのは」
焼き肉Qのおばさんは、涙の合間に振り絞るように「シカマルくん……気ぃ落とさんでな」と言い、玄関の枯れ葉も散らばったままに店に入っていった。
店の奥ですすり泣いてんのが、外にも聞こえてきた。
喪服のままどこに行くあてもないので、家に帰る。
縁側から眺める空はいつものようにぽっかり雲が浮かんで、流れて、徐々に暮れなずんでく。いつもと何も変わらねえ。日は暮れてまた朝がくる。
だが オレの見える世界には、色彩が消えた。
「シカマル、それそろ夕食よ」
「いいや。食欲ねえんだ」
赤が藍に変わり、気がつけば夜になってた。
未だに縁側に座り込んでるオレに、いつの間に帰宅したのか、親父が声をかけてきた。
「シカマル。少し付き合え」
*
一度くらい負かしてやりてえと普段思ってる相手に、今夜は勝ち負けがどうでもよくて、蝋燭の灯りの下で適当に駒を動かした。
勿論すぐに見抜かれた。
「今日はやけに雑だな。それじゃ勝てんぞ」
親父が笑う。うるせえよ と返す。
「暁か。奴ら強いか」
「ああ」
「で、どうするんだ。アスマ程の男が敵わないんならお前など歯が立たんか」
「………」
(右半身の火傷、)
「本当に良い奴だったな……将棋は弱かったが」
(腹部に残る鎌の跡、)
「それでいいのか」
「人の打ち筋にケチつけんなよ」
「違う。お前はどうしたいんだ」
面をあげ、親父と視線を交えた。
見透かしてくる目を避けてすぐ盤に視線を戻す。
「みすみす死に行くほどバカじゃないか。親としても有難いしな。息子の葬式なんざごめんだ」
苛立ち、姿勢を崩して、腕に突っ伏した。
「お前は良くやってるよ。親としても鼻が高いぜ。頭もきれるし才能もある。木ノ葉の将来を担える器だ」
(左大腿と、急所を貫く風穴、死期を悟った声)
「だがアスマは死んだ」
「何が言いたいんだよ!!」
もう沢山だ。将棋盤を力任せに叩き飛ばして立ち上がる。部屋の隅に盤がぶつかったはずみで、蝋燭の灯りも消えた。
「気色悪ぃんだよ!アンタがそんなベラベラ喋んの!どうせオレは役立たずの臆病モンだよ!!」
「いいや」
「じゃあなんなんだよ!!」
「さらけ出しちまえ」
「……!」
(最期の表情。)
「悲しみも恐れも憤りも、何もかも腹ン中全部吐き出しちまえ。そして それからだ」
ぐっと堪えてたもんがぷつりと切れる音がした。
耳元のピアスとか
置いてった将棋の指南書とか
使い古したジッポライターとか
煙草の空き箱とか
つい先日まで、この向かいに座っていたのに
さっきまで苦い煙に包まれてた筈なのに
探してもいねえ。
どこ探しても見当たらねえ。
アスマは死んだんだ。
これが現実だ。ならいっそ呪われた方が楽だと思えた。業火に焼かれてるようだった。嗚咽をあげて拳を畳に押し付け、行き場のない底無し沼に両足をとられ、はじめて感情のまま 涙が溢れるまま泣き叫んだ。
「骨は拾ってやるぞ」
部屋を出ていった親父が、そう呟いた気がした。
*
どれくらい経ったのか 遠くで蝉が鳴いてる。
感情を剥き出しにして泣き喚いても、何故か頭ん中に何も浮かんで来ねえ。
空っぽだ。
目と鼻と頭だけ痛い、それだけで。
仕方なく部屋の隅に転がっている駒を拾おうとして手を伸ばすと、ある文字を、目が捉えた。
「木ノ葉の忍を駒にたとえるなら、“玉”は誰だか分かるか?」
違う。―――まだ終わってない。
気づけば駒を手繰り寄せ、並べ始めていた。
まだだ。違ェ。こんな手じゃ勝てねぇ。やり直せ。考えろ、敵の能力を思い出せして策を練ろ。もう一回。もう一度。もう一度。
出来る筈だ。
答えを導き出せ。
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