▼守られた約束

朝の光でいっそう白さの増す木ノ葉病院の廊下を、音を立てないように歩く。
その場に居合わせる同僚たちに会釈した。
ご遺体に手を合わせても、実感は湧かなかった。

紅先生とお子さんのために必ず里に帰ってくるというアスマ先生の約束は、ちゃんと守られた。
里に帰ってきた。
生きてでは、なかったけれど。


きっとアスマ先生は、紅先生と数えきれないほどの約束を結んだはずだ。これからどう三人で暮らしていくかとか、赤ちゃんのためにもタバコはやめるだとか。
これからのことは、果たされない。


私の隣には、泣き腫らした顔で任務から帰還したチョウジ君といのがいる。

「アスマせんせぇ……っ!!」

必死に平静を装おうとしていても、二人の目からは大粒の涙が溢れはじめ 止まらない。

「二人とも 怪我は?」

「……大丈夫」

「……ボクも平気。シカマルは…紅先生のところに報せに行くって言ってた」

「……」

「だから……紅先生連れてここにくるかも」

「わかった。紅先生もいらっしゃるなら、アスマ先生のお体をきれいにしておこう。いの、チョウジくん、一緒にお願い」


新編成アスマ班 ターゲットの暁二名と火の国某換金所にて接触。交戦。
遭遇ポイントから最短距離を探索していたアオバ班が増援要請を受け駆けつけるも 隊長・猿飛アスマが殉職。他三名は軽傷にて帰還。

その知らせを綱手様の式で知った瞬間、思考回路は凍りつき、全身から血の気が引いた。
暁討伐のため編成された小隊のうち、アスマ班はとくに戦果を期待されていた班だった。
アスマ先生ほどの手練れでも、シカマルの頭脳を以てしても、敵わなかったというのか。

冷たくなったご遺体を拭いはじめてようやく、この目から涙がこぼれた。
いのとチョウジくんもいっそう涙を流しながら、師の体を労るように清めていた。

胸が張り裂けそうだ。
シカマルは、アスマ先生の死の瞬間をどんな気持ちで看取ったんだろう。
今どんな気持ちでいるんだろう。
それでも動かなくては。
私はやるべきことをしなくては。
――――もうすぐ、シカマルが、紅先生を連れてここへ来るのだから。


随分経った頃、紅先生が姿を見せた。
紅先生を支えるようにして来たシカマルは、終始、私と目を合わせようとはしなかった。
紅先生とアスマ先生に目を落とすその横顔は、今までに見たことのない、シカマルの顔をしていて。
最後まで声をかけることができなかった。

別れの瞬間が突如として訪れる。
あとに残される時間は永遠のように長い。
今日の陽が 変わらずまた昇っていくというのに。


*

アスマ先生のお葬式は、夏の終わりのような日に、執り行われた。
みんなが静かに見守る中、紅先生が最後に まあたらしいお墓に白い花を添えた。
ナルトは泣きじゃくる木ノ葉丸の肩を支えていた。いのとチョウジ君は涙を流しこそしなかったけれど 固く口を閉ざしていた。

参列者の列に、シカマルの姿はなかった。


式の最中 いのが私に囁く。

「シズク、シカマルは?」

「……もう家を出たっておばさまは言ってたけど……」

シカマルが現れない理由が、分からないでもなかった。


式が終わり、医療班に戻って諸々済ませて奈良家に寄ると、もうシカマルは帰宅していた。
おばさまが言うには、帰ったきりずっと、縁側でぼうっとしているのだという。喪服も脱がず、何をするでもなく、ただ空を眺めていると。

声をかけようと廊下を進むと、私とおばさまの会話を静観していたおじさまに、引き留められた。

「待て シズク。今はあいつに構うんじゃねえ」

「……でも」

「あいつが自分で腹を決めるまで何もするな」

「なぜです」

おじさまは間を置き、静かに一言だけ。

「こればっかりは自分で決めなきゃなんねェんだ。今お前にすがりついたらあいつは駄目になる。忍としても男としてもな」

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