▼最期の言葉

脅威が去り ようやくアスマを木ノ葉の里へ運べる算段が整った。

「チョウジ!いの!早くしろ!」

「うん!私は医療忍術を!」

いのが横たわるアスマの脇に回り込み、応急措置を始めようとしたが、他でもないアスマがそれを制止した。

「もう……いい」

肌を伝うぬるい風。汗。僅かに聞こえるような小さな声だった。

「……もう…オレは ここまでだ」

「何言ってんだアンタは!」

「それぐらいは自分で分かる……。へっ…お前達も分かってるハズだろ……」

「うるせェ!もうアンタはもう黙ってろ!!」

聞きたくねェよ。アンタのそんな似合わない弱音。
いのが掌仙術を発動して何度も蘇生を試みる。だが目付きは険しく歪み、次第に涙を堪えるような表情に変わっていった。終いには唇を噛み締めて手を緩めて―――それでオレたちもとうとう受け入れなきゃならなくなった。絶え絶えの息遣いとか希薄になってく気配に。

あんなにもいい天気だったってのに、いつの間にか空は暗く灰色がかり、分厚い雨雲を連れてやってきた。

「いの チョウジ シカマル……。最後に…ゲホッ……お前達に言っておきたい事がある」

「先生、もう喋っちゃダメだよ!」

「チョウジ」

オレはチョウジの言葉を遮り、いのとチョウジに呼び掛ける。

「アスマ先生の最後の言葉だ。しっかり聞け」

イズモさんたちも息を潜め悟ると、姿勢を正して無言でアスマの方を見ていた。

「いの……」

アスマが最初に呼んだのはいのだった。

「はい」

「お前は気が強いが 面倒見のいい子だ。チョウジもシカマルも……こいつら不器用だからな。……頼む」

「……はい」

笑顔で見送りたいんだろう。いのが泣くまいと必死で唇を噛み締めている。

「それから……サクラには負けんなよ 忍術も恋もな…」

「……はい…!」

「チョウジ」

声をかけられる前から、チョウジはもう大粒の涙を流してた。

「お前は仲間想いの優しい男だ。だからこそ……誰よりも強い忍になる 自分にもっと……自信を持て…」

「…うん…」

「それと 少しダイエットしないとな」

「ムリかも知れないけど ガンバってみる」

アスマが微笑む。他の忍が担当上忍だったら、泣くなとか優柔不断だとかチョウジに言ってきただろう。けど昔っから、アスマはそうだった。チョウジの性格をよく理解して、長い目で見てサポートしてきたんだよな。
……それももう。


「シカマル」

オレの番がきた。

「お前は頭がキレるし……忍としてのセンスもいい。……火影にもなれる…器だ」

火影だって?よく言うぜ。そんな大層な褒め言葉、今までアンタの口から聞いたことない。

「まぁ めんどくさがり屋のお前は……ゲホッ……嫌がるだろうが…」

「そうに決まってんだろ。めんどくせーよ」

「……将棋…お前に一度も…勝てなかったな…」

視力もとうに限界なんだろう。虚ろになった瞳で、語られる言葉も、だんだんと所在なくになってきていた。

「三代目のした事が……今になって…やっと分かった気がする オレは……いつも遅すぎるな…」

遅すぎたなんて、そんなわけねえよ。
アンタがいなかったらオレたち何回死んでたかわかんねーんだ。アンタはオレたちにはいつもここぞってときは必ず助けてくれてた。いつだって導いてくれてただろ、なあ。
半分虚ろな瞳で、アスマは尚もしっかりとオレを見据えていた。オレもその顔を目に焼き付けるように眺めた。


「そういや……“玉”のあの話…」

「玉?」

「アレが誰だか……教えてやる。……耳貸せ」

耳を寄せると、アスマは答えをオレに囁いたのだった。

「……!アスマ……あんた…だから…!」

「頼んだぞ……シカマル」

アスマは安堵の表情を浮かべ、もう一度微笑んだ。

「けど……もういいよな…止めてたタバコも」

オレがわからなかった、知りたかった答え。
それが禁煙の本当の理由だった。

「オレのポーチに入ってる……最後の一服を…」


アスマのポーチには、忍具の脇に愛用のタバコとライターが入ってる。禁煙を誓ったってのにちゃっかり忍ばせているあたりが、いかにもアスマらしかった。
オレはアスマの頭を少し持ち上げ、口にタバコをくわえさせる。
かきん。
かきん。
慣れないライターで火をつけて、タバコに近づけて。

いつものあの、苦くて臭い煙が舞う。


タバコはほろりと口元を離れ、地に落ちていった。

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