▼まだ見ぬ鼓動を

穏やかに晴れた午後。特別な診察予約があったため、私は普段いる医療班ではなく産科の診察室へと出張していた。
一般医師の傍らに座って待つ間、内心どきどきしていた。これから訪れるのが、よく知るお二人だから。

*

紅先生とアスマ先生が腰かけたところで、私は今一度お祝いの言葉を口にした。

「改めてまして、この度は本当におめでとうございます」

「ありがとう」

「なんというか、まだ実感ないんだがな」

紅先生はやわらかく微笑み、アスマ先生は照れて頬をかいた。やや緊張した面持ちのアスマ先生に、紅先生はまた笑った。

忍の場合、妊娠すると母から子へとチャクラのエネルギーが徐々に移行していく。そのため体調が不安定になりやすい。産科の担当医だけでなく、医療忍者がケアに入り、出産までの経過を看るのが通例だ。
担当医の説明の後に、お二人にはくのいちの出産への心構えの確認をした。妊婦のくのいちを診た経験もない私で先生たちを安心させられるだろうかと心配したが、紅先生は母親の顔に、アスマ先生は父親に顔、それぞれ変わっていて。
これから我が子を迎えいれんとするお二人の覚悟をひしと感じた。

「五代目にも報告したわ。とても喜んでくださった。任務をしばらく休むことになるけれど」

「今は木ノ葉崩し後のような人手不足もないですし、紅先生がお気になさる必要はありません。まずはご自身のお体を第一に。木ノ葉病院の医師と医療班一同で しっかりサポートさせていただきます」

元気に赤ちゃんを産みましょうね、と私たちは言い合う。
その約束はあたたかな希望に満ちていた。

*

紅先生の診察が終わると、アスマ先生が私に相談がある、と言った。

「紅は先にカカシの病室に行っててくれないか」

「ええ。わかったわ」

紅先生が席を立ち、私とアスマ先生のふたりだけになる。

「どうかなさいました?」

「イヤ……まあ、あれだ。オレたち籍は入れたが式は開いてなくてな。まだおおっぴらにしてないから、シカマルたちには内緒にしててくれねーか?」

うるせー奴らだからな。特にいのあたりは。アスマ先生はまた照れた様子ではにかむ。なるほど。お祝いしなきゃ!とはしゃぐいのたちの顔がすぐ思い浮かぶ。

「任務を休む手前 紅から第八班には先に伝えるが、あんまりふれ回っても落ち着かねえだろうしな」

「そうですね。親しい間柄の人たちには、余裕ができたら徐々にお二人から直接お話しなさるのが一番です」

「まあ、カカシがちょうど入院してるっつーから、あいつにゃ今日話そうかと思うんだが」

「カカシ先生びっくりするでしょうね」

「ハハ そうだよな」

またとない吉報に、カカシ先生は目を丸くするだろうな。私は嬉しくなった。「きっとすごく喜びます。祝福してくれますよ」と念を押した。

「……しっかし、自分が親になるって不思議なもんだな」

と、アスマ先生が窓を眺めながら呟いた。

「オレの親父は口を開けば“木ノ葉の里の為”ばかりでな。何かと衝突してたが……オレが気づかないところで家族のことを思ってたんだとようやく分かった」

アスマ先生のお父さんは、三代目火影様。
三代目様とアスマ先生がどのような親子だったか それは想像し得ないけれど、アスマ先生の声色には、父親に対する敬慕の情が滲み出ていた。

「何があっても、家族の為なら死ぬ気で帰ってこようと思える」

「……」

あたらしい命が芽生えた幸福の裏には一抹の不安がある。
紅先生は任務を離れることを気にしていたが、近く“暁”討伐のために二十の小隊が再編成される木ノ葉の現状を鑑みたからだろう。
砂隠れを襲って風影から尾獣を奪い、同様に他里にも被害を及ぼしていると噂されている。
“暁”が動きを見せている今、正規部隊で活躍している中忍以上の忍は、ほとんどが小隊再配属に該当する。アスマ先生も小隊長のポジションで任務に向かうことになる可能性が高い。

生きて守りたい人たちがいる。
けれど自分の明日を保証できない。
それが私たち忍なのだ。

「頑張らなきゃな」

ぐっと固められた拳に、固い決意が込められたのを感じた。その手にあたらしい家族を抱く日を、待ちわびている。

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