▼感情
ダンゾウの部下 サイに、今のところ不審な行動は見られない。
けれど、サイは中々の曲者だった。
「ボクには感情がないんだ。だから、キミたちがサスケに抱く気持ちを理解できない」
天地橋に向かう道すがら ナルトと一悶着あってサイが放った言葉。
きっと彼の本心なのだろう。
以前私を狙ってきた根の者たちは一様に、任務を遂行するためだけに動く機械のような忍たちだったし。
ナルトとサクラはサイに不満や不安を募らせたものの、サスケの情報がかかった大事な任務だと自分たちに言い聞かせ、サイとうまくやろうとしていた。それでもやはり、絆が深まったとはお世辞にも言えず、噛み合わずに幾度となく衝突した。
私はというと、ナルトやサクラが憤慨する場面で、まあまあと宥めていた。ダンゾウの部下に探りを入れたいと綱手様に豪語しつつも、サイとはまだ、まともに口を聞いていない。
*
ターゲットとの接触を明日に控えたこの期に、新生第7班は最悪のチームワークで望もうとしている。このまま天地橋でターゲットと接触しても、再び亀裂が生まれれば任務遂行がスムーズに行かなくなるだろう。
私もこのままの距離感ではだめだな。サイが“根”の者である以上、そんなことは言っていられない。
みんなが寝静まった頃、私は見張り当番のサイに声をかけた。
「ねぇ サイ。今いいかな」
サイの隣に距離を開けて座ると、墨のような黒目が私を捉えた。
「なんでしょうか?」
「ちょっと話せないかなと思って」
「そうですか。どうぞ」
サイは私を一瞥しただけで、筆を持つ手を緩めなかった。無関心という言葉がしっくりくる。
「見張りしながらでも描けるんだね。今日のシミュレーション演習で見せてもらった術も、虎とか鳥とかパッと描いててびっくりした」
サイの手元を覗きこめば、蝋燭の灯りの下でさえ その手の白さがわかるほどだった。手だけではなく、腕も顔も、血の気が引いているように青白い。
「ボクの顔に何かついてますか?」
「いや、色白だなあって……ごめん、ちょっと脈を測らせて」
手を伸ばして、サイの手首に指を添えてみる。
「脈拍は正常だけどずいぶん体温が低いね。体温調節してないわけじゃないよね?」
「ボクはこの体温で充分活動できますから。熱量を敵に感知される場合もありますし」
「そっか……」
変わってる。むしろ、これが暗部養成機関において正常である証なのだろうか。
「君はボクのことが好きなんですか?」
「へ?」
「二人きりを狙って話しかける、顔を見る、手を触る。好意を表す行動だと本にありました」
「…あっはは」
まさかの言葉に、私は思わず声をあげて笑ってしまった。それも本の知識だなんて。サイと初対面したとき 私はどんなにか気を張っていたというのに、拍子抜けしてしまった。これじゃただ天然な同世代の子みたいじゃないか。
「サイに恋愛感情を抱いてるわけじゃないよ。どんな人か知りたかったの」
「知りたい?なぜ」
「なぜって、初対面だし。ダンゾウの部下としてだけあなたを認識してたら、嫌悪感ばかり募るし、あなたがどんな人か一向にわからない」
「そうですか。安心しました。君みたいなブスに好かれても困りますし」
「もう一回言ったら里までぶっ飛ばすからね……ねえ、あなたは私の事件を知ってるんでしょ。上司から真相は聞いてるの?」
どうしても聞きたかったことを、思いきって私は切り出した。
「教えて。黒幕は本当にダンゾウなの。それに、あなたはなぜこの任務に就いているの」
「“根”では極秘事項があって情報は公言できないよう術がかけられています」
「知ってる。私が目の前に居ても、なんとも思わない?」
「はい」
「“感情がないから”?」
「ええ。何とも」
残酷な響きに、うっすらと憤りも感じた。
「私が会ったあなたの仲間は、感情も名前も、未来すらないと言ってた。実際彼らは口封じに殺された」
「それはかわいそうと言うべきなんだろうね。ボクにはよくわからないけど」
「……」
感情がないって、ほんとにそうなのかな。
たとえ忍であっても、感情がない人生なんて私はいやだな。朝起きて今日は天気がいいなとか、ご飯がおいしいとか。
私はシカマルに抱きついたときのことを思い出していた。気恥ずかしさに顔があつくなって。ドキドキして。少しでも長くこのままでいられたらと願った。
感情がないって、もしかしたら、奥深くにしまい込んで思い出せないだけかもしれないじゃないか。
「キミは要するに、ボクに何か説きたいんですか?感情や愛情の所在やその正当性を」
「正当性って言われると、そうではないかも。感情が必ずしも良いものをもたらしてくれるってわけじゃないし、愛情は裏返しで悲しみにも憎しみにも変わるし。……うーん、どっちかというと……多面性の話?」
「多面性」
「たとえばサイが今描いてる絵だってさ、風みたいにも見えるし、水の流れみたいにも見える。そんな感じでさ、他の人から見たサイと、サイが今自分で思うサイ、ほんとのサイ 全然ちがう人だったりしないかなって思うんだよね」
「そんなことを考えるなんて、キミはつくづく変人ですね」
「あなたには言われたくないな」
うちはイタチに命を救われたとき 彼が敵か味方かや、組織やこれまで知っていた文脈で当てはめずに、もっと別の側面から知るべきなんじゃないかと思ったのだ。
だからサイのことも、できたらサイをサイとして知っていけたらいい。
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