▼同行願い
ナルトが私を訪ねて木ノ葉病院までやってきた。
「シズクも行くだろ!次の任務!」
第一声がこれである。何かあったのか、明らかに不機嫌な顔をしながら。
「任務って、天地橋の?」
「おう!サスケの居場所に近づくチャンスだってばよ!」
「確かにまたとないチャンスだけど 私も仕事があるし……綱手様が了承してくれるかなぁ」
「ぜんっぜんオッケーだってばよ」
「ナルトが決めることじゃないんだってば」
私は自分が任務に同行したいのか、正直言って、よくわからなかった。
天地橋に行けば大蛇丸の部下に接触できる可能性がある。その忍から、サスケの手がかりが得られるかもしれない。ナルトやサクラにしてみれば喉から手が出るほど欲しい情報だ。ふたりはサスケを思ってこの2年半修行に励んでいたのだから。
サスケが望めば、ナルトとサクラは、うちはイタチへの復讐へも、手を貸すだろう。
けれど、と一方で考えてしまう。
うちはイタチと遭遇し、命を助けられてしまった今、私の中にはうちは一族の、あの兄弟に関する疑問が積もりつつあった。
「オレがばーちゃん説得するし!」
「それこそ全然説得力ないよ」
「お願いだってばよ!あんなヤツと任務なんてまっぴらゴメンだ!」
ナルトはずかずかと私の机までやって来て、パンと両手を顔の前に重ねる。
「あんなヤツって?」
「新しく配属されたヤツがすっげーカンジ悪ぃの!オレのこと試すとかっていきなし攻撃してくるしよ。暗部からきたつえー忍らしいんだけど、ずっとヘンな作り笑いだし」
作り笑いの暗部。
既視感を覚えたのは言うまでもなく、かつて私の命を狙った“鬼哭”たちだった。綱手様直属の暗部は人格を矯正したりしない。
―――もしかしてその新しい班員は 暗部の中でも、ダンゾウの部下なのでは?
「行く」
「へ?」
「天地橋の任務、私も行きたい」
*
ナルトと別れて急ぎ火影室へ赴くと、先客があった。
お取り込み中か、とドアノブから手を離そうとしたそのとき、聞き覚えのない低く重苦しい声がして、聞こえてくる声に腕が止まった。
知らない声なのに、直感か 或いは壁ひとつ隔てて感じる張り詰めた緊張感と綱手様の苛立ちを察知しての、忍の勘か。嫌な予感がした。
「ただ其奴 揉め事嫌いで腰の引けた三代目の教えが染み付いてなければいいんだがな」
綱手様はよく問題を起こすし、里の代表という立場であれご意見番に叱咤されることはしばしば。しかし男の声から感じ取れるのは、侮蔑と中傷。場を支配する深い恨みだ。そんな意思を突きつける人間の存在、私には一人しか思いつかない。
中にいるのは 志村ダンゾウその人だ。
突如として激しい怒りが爪先から頭の先へと駆け上がった。体がわなわなと震える。右手はドアノブを掴んだまま、けれども頭では、左の腰に備えてあるチャクラ刀の柄を掴むことを考えてしまった。ドアを開けたら目の前に立っているであろうその男を刀で斬りつけてやりたいと 胸の内で暴れる何か。
激情に流されるな。
(あのひとを死に追いやった張本人がいる)
だめだ。とどまれ。
(あいつを、)
だめ、やめて。
「ーーー三代目に染み付いたアナタのおじい様の教えのようにね」
理性で以て抑えるのがやっとで、途中から室内の会話が耳に届かなくなっていた。
話か済んだろう 扉に向かって足音が近づいてくる。
「とりあえず安心した。これでゆっくり飯も食える……それと綱手姫、部屋の外にいる獣をしつけるべきだろうな。客人に対し殺気を向けるなど 無礼極まりない」
「!」
その言葉でハッと我に返った。殺意が途切れ、汗が滲むほど握った手が、力無く垂れた。
開いた扉の先にいたのは老齢の忍だった。
頭から右目にかけて大きな包帯が巻かれ、顎にも傷がある。志村ダンゾウは瞳を薄く開き、私を一瞥すると、火影邸の出口へと静かに去っていった。
お前のような小娘にワシは殺せんよ。そう言わんばかりの視線で。
その後ろ姿が見えなくなるまで、奴の背中を目で追い続けた。
「……」
完全に気配が消えたのち、長いため息を吐いて近くの壁に凭れかかる。
今まで相見えなかった志村ダンゾウに、由楽さんを殺した張本人に、今日 はじめて対面した。
甘かった、と気がついた。
私は自分が サスケの気持ちを推し量れるんじゃないかと心のどこかで高をくくっていた。とんでもない。恨みは、復讐心は、そのまま抱いていたら完全になくすことはできないんだ。
乱していた呼吸がようやく落ち着いた頃に、室内から綱手様の声がした。
「シズク そんなところにつっ立ってないで部屋に入れ」
失礼しますと断って入室すると、眉間に皺を寄せた綱手様。サクラも同席していたようで、私を見るなりぎょっと目を丸くした。
「シズクどうしたの!?汗びっしょりじゃない!」
「なんでもないよ。ちょっとね」
「何がなんでもないだ。阿呆が」
深いため息。火影室の外に殺気に満ち満ちていたことに、綱手様も当然気づいていた。
「師匠、誰なんです?あの人」
「昔 三代目火影の椅子を巡って亡き猿飛先生と争った人物だ。三代目とは違い、ガチガチな合理的思考に基づく主導者で サイの上司にあたる」
穏健派だった三代目の教え子で初代火影の孫の私が嫌いなのさ。そう説く綱手様の言葉はどこか皮肉めいていた。
「……それより、そろそろ集合時間じゃないか?サクラ」
「ハイ!行ってきます」
「綱手様 今回の任務、私も行かせてください」
「あぁ?」
綱手様は怪訝な表情で私を見る。
「お前には仕事があるだろ。それに臨時の班員も揃ってる」
「ダンゾウの部下を追加隊員に加えるのですか」
「ナルトに聞いたか」
「はい」
「……サクラ、遅刻するぞ」
「えっ?あ、ハイ」
綱手様に再度促されて、サクラは私と師の顔とを見比べながら、収まりのつかない様子で火影室をあとにした。
足音が完全に遠退くのを待って本題を切り出す。
「大蛇丸のスパイに接触する任務で、ダンゾウが自分の息がかかった暗部を隊員に加わるのはいくらなんでも出来すぎてます。奴は抜け忍に容赦はしないと聞いています。何か思惑があるのでしょう?」
「私だって気が向かないよ。だがこれは決定事項だ」
サスケの里抜けに対し手配書も掛け金もつけない特別措置を綱手様が講じた手前、上層部の指令は棄却はできないようだった。
「お前が案じることじゃない。念には念を入れ、カカシの代わりの小隊長は私が信頼を寄せる人材に任せた」
「……」
「それにだ。お前が加わってどうなる?ダンゾウの部下相手に私情を挟まないと約束できるか?」
「私情を挟まない自信は…正直ありません」
「だろう」
憎しみの権化。
ダンゾウと対峙した今の感情を、容易くコントロールできるとは思えない。サスケと私に共通点があるとすれば、きっとこの憎悪だ。
その憎悪を、私は里にいたい 大切な人たちといたい、という感情で打ち消してきた。自分でも知らない真実がまだあるかもしれないという、その余白で堪えてきた。
ならばなおさら、サスケがどうなのか、知らなくちゃいけない。
「どうかお願いします!私も大蛇丸の情報に近づきたいです。それに、ダンゾウに何か企みがあれば部下が動きを見せる。双方の尻尾を掴むチャンスです」
散々ごねた挙げ句、綱手様は呆れきった顔で、ついにゴーサインを出してくれた。
「ったく……全くどいつもこいつも聞き分けがないな」
*
顔合わせのとき、少し手に汗握った。
サイと名乗った同年代の忍は、私が以前対峙したことのある“根”の忍たちと やはりどこか似ていた。
身に纏う空気に人臭さが感じられないというか、なんというか。
不安要素のある班構成での救いは、綱手様の“信頼の寄せる人材”がテンゾウさんだったこと。
かつて一度だけ、彼と任務を共にした あれは忘れもしない千羽谷。人を騙し殺した、決して忘れることのない任務だ。過去の任務は機密事項ゆえ、口にはしない。今回の任務では “テンゾウさん”ではなく、ヤマト隊長なのだから。
自来也様は帰郷の折りに、ナルトの九尾チャクラ暴走のこと、その暴走をヤマト隊長かコントロールできることを教えてくれた。隊長としてこれほどふさわしい忍は他にいないだろう。
「よし!ではカカシ班これより出発する!」
ヤマト隊長、ナルト、サクラ、サイ、私。こうして第7班は、非常に微妙なバランスを保ちつつ、里を出たのだった。
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