▼日常

シズクが帰ってきた翌日。中忍試験の打ち合わせのために一日中動き回った帰り道。猫背に両手はポケットで、大通りを歩く。
頭ん中は、アイツのことばかり。

これまで何回あいつの無鉄砲に何度肝を冷やしたことか。マジで、自分の命を粗末にしすぎていけねえ。
しかし、ホントにらしくねェことをしちまった。
いや、しちゃいねーけど。

いつもなら言葉で説得するところを、苛立ちが最高潮に達して危うく手ェ出しそうになった。それもキス以上の。我慢の限界なんてとうに過ぎてるわけだが、早すぎる。まだ。まだだ。ロクにあいつを守れやしねぇ半人前の段階でそういうことに及びたくなかったわけで、今まで耐えてきたってのに。

「つーか涙目で甘ったれ言うなっつの。あのバカ男がどんな生き物かわかっちゃいねえ」

隙だらけのアイツを、添え膳食わぬオレは男の恥かと。ため息のひとつやふたつ溢したくなる、が。



「はぁ」

ため息を誰かに先を越された。

「ん?」

ため息の主を辿ると、ショーウィンドウを前に肩を落とす髭面長身、アスマだった。買い物か?

「先月のAランク任務分と、Bランクと……」

何やらぶつぶつ言いながら指を順々に折っている。

「何してんすかセンセー」

「!?シ、シカマルか!」

「上忍の癖に気づいてなかったのかよ」

アスマが身動ぎしたために、ウィンドウの中身を見ることができた。まっさらな台にひかる白金。プラチナリングだ。なるほどな、それで最近の給料の計算してたわけか。

「いやーたまたま通りがかって、なんとなく!なんとなくな」

「紅センセーにスか?」

ぐ、とアスマは眉を寄せる。かっこわりいなオッサン。いのの情報でネタはとっくの昔に上がってんだ。

「バレバレッスよ」

アスマの隣に並んでガラス越しにリングを眺める。小さくて眩しい。いつも握ってるクナイや手裏剣なんかと比べると別世界みてーな存在だった。

「うわ、高っけー」

「高いよなァ」

「買うんスか」

「買えるわけねーだろ。給料何ヵ月分だよこれ」

「焼き肉代も足りない財布じゃムリだよな」

「だからよけーなお世話だお前は!」

ぶっきらぼうな返答とは裏腹に、アスマの視線は指輪から離れない。今日とはいかずとも、きっと買うんだろうな。買って、好きな女に贈って。アスマのことだ、何てプロポーズしようとか、考えてんだろうな。

「……女って難しいよな」

そう、アスマが呟いて、オレの頭にシズクの顔が浮かぶ。
例えばこのプラチナ、オレから贈ったら、アイツはどんな顔するんだろうな。
笑うのか。照れるのか。泣くのか。
ちょっと見てみてえと思った。
これもまだ、まだまだ先のことだけどよ。

*

シカマルにお説教された翌日。
カカシ班とガイ班が里に帰還したのは ちょうどそのすぐあとのことだった。
ガイ先生におぶわれて帰還したカカシ先生の手当てをする傍ら、イタチとの接触を告げた。
カカシ先生もまた、敵の情報を容易く信用するなと、シカマルや綱手様とほぼ同じ反応を示した。

「……何の確信はないけど、うちは一族には私たちの知らないことがまだあるんじゃないかな」  

「つまりお前は うちはイタチを再調査したいわかけね」

「うん」

「どんな考えを持っていても、奴が同胞を殺した罪が事実であることは変わらない」

「それはわかってる。でも先生、不本意でも多くの人を殺めた経験は、私にもある」

「……」

「なんらかの理由で一族を己の手で根絶やしにすることを選んだとしたら、それは恐ろしく重大な秘密があるんじゃないかって」

「もし仮に真意が別にあるとしたら、イタチを見逃すまでの根拠になる?」

「それは……」

「それに 奴は暁の一員だ。ナルトを狙ってる。三年前に奴が木ノ葉に来たときのこと覚えてるでしょーよ」

「わかってるって」

「わかってないね」

以前イタチの瞳術を食らった経験もあって、カカシ先生の口調は尚更きついものになっているようだった。

「私だって承知の上だよ。イタチは一族を殺した。カカシ先生にもあんなダメージを負わせた」

半ば自分に言い聞かせるような言葉。それでもあんまり納得しないご様子の、カカシ先生。

「私ってこんなに信用されてなかったっけ?」

「お前はお人好しすぎ。得体のしれない忍にまで深入りするんじゃ心配にもなるでしょ」

申し訳ない気持ちになる。親身になって私のことを考えてくれるのは嬉しい。でもこれ以上誰に相談しても有力な情報が得られないなら、やっぱり調べる他ないや。

「先生、天地橋へは……」

「話をすり替えようったってダメ。まだお説教は済んでないよ」

「うう」

伸びてきた細い腕は、頭をポンポン優しく撫でてそのまま留まる。「オレは心配なんだよ」と声がする。

「今はもうタッグを組んでるわけでもないし、お前が危険なときにすぐにとんで行けるわけじゃないんだ。もっと自分を大事にしなさいよ。いいね?」

頭に伝わる先生の手のひらの重み、すこしあたたかい。

「それシカマルにもさんざん言われたよ」

「あらら、二番煎じか」

口布をしてても目元でよくわかる。手のひらは頭のてっぺんからスライド。頬にすぐ近い横髪を触った。
心なしかその指先があやしい と思った瞬間、病室の扉がノック無しに開かれて。

「あーーーーーっ!!」

振り返ればこちらを指差して叫ぶナルトと、じろりと睨み顔のサクラが立っていた。

「先生その手!何してんだってばよ!?」

「うるさいのが来たな……」

「見損なったぜカカシ先生!!ついにエロ本じゃ満足できなくなって生徒にまでセクハラをォ!サイテーだってばよ!」

ナルトは目を真ん丸にしてひどく憤慨している様子。

「お前は何を誤解してんのよ」

「そうよ ナルト、うるさい!ここ病室よ!」

「だってさだってさサクラちゃん!前からアヤシーと思ってたけどカカシ先生ってば」

「だからうるさいわよナルト!カカシ先生はとっくの昔にシズクにフラれてんだから!ほっとくのが一番なの!」

「え」

「ちょ、サクラ!?」

「てゆーかカカシ先生も!そーやってシズクに付け入って困らせるのは控えてくださいよね」

「サ…サクラ……」

「なんだーそうだったのかァ」

「ナルト、そうだったのかってどういう納得の仕方!?ってかサクラも何で知ってるの!」

「私に隠そうたってムダムダ」

「オレって、そーいう扱いになってんのね……」

「せ、先生!しっかり」

カカシ先生は気力を失い、しなしなと力なくベッドに沈んだ。
ナルトが帰ってきて、わたしたちの「いつも」も、ちょっとずつ取り戻しかけてる。
正確にはまだひとり、足りないけどね。

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