▼信用と嘘

うちはイタチとは、アカデミー生のときに出会っていた。サスケを訪ねて鉢合わせした彼との僅かな会話は、うっすらと覚えてる。

「サスケって、アカデミーではなかなか遊んでくれないの。1人でいるが好きなの?」

「そうでもないさ」

「そうなの?よかった!わたし、サスケと友達になりたいの」

あのとき、イタチは穏やかに笑っていた。

「弟と仲良くしてやってくれ…これからも。オレにはそれが叶わないだろうから」

「?」

彼が言っていた言葉を本当の意味で理解することは出来なかった。


長い沈黙は、会話が終わりを告げたことを意味していた。イタチは私に背を向け、一歩踏み出した。

「待って!」

イタチの足が止まった。振り向きはしないけれど、黒く細い目がちらりと 私を垣間見る。

「見逃すわけにはいかない」

こんがらがった思考の中で、感情的な叫びだけが散らばっていった。

「……」

「サスケはあなたに追い詰められて、木ノ葉から出ていってしまった」

いや、返答なんて求めなくていいはずなんだ。
こいつが生きていたらいずれナルトは捕まってしまうかもしれない。サスケはさらに苦しむかもしれない。
木ノ葉の里のために命を懸けてでも、こいつを仕留めなきゃいけない。
それなのに。
目の前に佇む同族殺しの狂人が、なんだってそんなに 哀しい目をするの。

「なぜ?昔会ったお前は―――……あなたは、優しそうなお兄さんに見えたのに」

身構えてもチャクラ刀を鞘から抜くことはできない。私に話した内容は嘘なの?
過去の笑顔も偽物?
今のあなたは何者なの。
孤独を説きながら、なぜ独りを選んだの。

「あなたは何者なの」

イタチが振り返ることは二度となかった。
瞬きをする間に、彼の黒い衣が無数のカラスとなってバラバラと散る。
羽ばたきが水面を揺らし、波紋を生んだ。水鏡に写る黒い影が消えていく、その光景を、ずっと見ていた。
 
*

イタチは去っていった。
信じていいのか疑わしい、でも、信じない理由だってない。ただひとつ明確なのは、イタチ自身に、或いはうちは一族滅亡に、私たちの知らない何かがあるということ。過去に戻って洗い出さなくちゃイタチの真意はわからないだろう。

「……相当時間食っちゃった」

少なくとも半日は経ってる。地形の変わり様を見ても、かなりの距離を流されたみたいだし。ちょっと偵察、位にしておきたかったのが、すっかりもとの任務を放棄してしまった。
クスシさん達は無事に木ノ葉病院に着いただろうか。
転生術で生き返ったという我愛羅は。
救出にいったナルトたちは。

「とにかく急いで里に帰らないと」

そう思って全力で森を駆ける最中にも、頭の中ではイタチとの会話を反芻していた。
しかし、彼が気づかせたかったであろう警告の意味を、私が理解することはなかった。
気付いて欲しかっただろうか。気づいていたら、私の手で何かを変えられていたのだろうか。

彼を救う唯一のチャンスだったというのに。


*

里に帰ると、鬼がひとり。
待ち構えていた綱手様の形相は まるで般若。

「言い訳はそんだけか?シズク」

「は、ハイ」

声が穏やかで一層恐ろしい。いっそ鬼鮫に殺されて死んだマシだったんじゃないかと戦慄するほど。
がたん。
綱手様がゆっくりと立ち上がったと思いきや、一瞬で目の前が黒い何か―――ハイヒールのかかとで覆われていた。

「痛天脚!」

「ぎゃああああっ」

ドゴォオン!!
綱手様の十八番・痛天脚。
必死でかわした私の身代わりとなった床は崩れ落ち、執務室から階下が丸見えになった。

「アンタに戦闘回避の極意を教えるんじゃなかったね」

「す すみませんでした」

「要救護者と自分の小隊ほっぽり出して偵察だァ!?お前それでも医療班班長か!職務放棄で降給にしてやろうかァああ!?」

「返す言葉もありませんっ」

つられてつい大声で謝罪する。
ここで「皆さんの容態は」などと聞いたら今度こそ三途の川送りになっていたに違いない。
火影邸を訪れる前に木ノ葉病院に寄り、ライドウさんたちの安否は確認済みだ。
みんな怪我が大事に至らなくて本当に良かったと安堵しつつも、たしかに、自分のやったことの愚かさに後悔している。もし彼らの容態が一変していたら 取り返しがつかない。

「で、その危険人物と思われる忍ってのは誰だったんだ」

「それが、えーと……」

イタチと鬼鮫の顔がちらりと頭の片隅を過ったけれど、名前は喉元につっかえる。私は反射的に嘘をついていた。

「勘違い、でした」

「勘違い?」

「はい」

席に戻った綱手様は、がんと強く机を叩く。振動が伝わって、床の瓦礫がパラパラと下のフロアに落ちていった。
綱手様に真実を伝えれば暁の捜索班が出動するだろう。
何故イタチを庇うのか、自分でも分からなかっい。それでも打ち明けることが出来なかった。

「私に何を隠してる」

脅しの低い声。でも、今はどうしても だめ。たとえ綱手様でも言えない。
口を開こうとしたと同時に、執務室の扉がコンコンと軽くノックされる。

「入れ」

「失礼しま……、アヒイィ〜!?」

静寂を断ったシズネ様の叫びに、内心ほっとした。

「ツナデ様!この修理費どれだけかかると……」

「シズネ 修理費はシズクにつけておけ」

「今度は何があったんです!?」

綱手様の機嫌を損ねないよう恐る恐る私を見るシズネ様に、私は話を巻き戻されたらまずいと、慌てて話題をかえようと努める。

「私のことはひとまず置いておいて!シズネ様、何かご用があっていらしたのでは?」

「そうです、急ぎの知らせが!」

シズネ様は懐から文書を取り出した。

「砂隠れから速報が届きました。砂隠れのチヨ様……1名が殉職、風影様は無事帰還されたとのことです」

「!」


「砂漠の我愛羅は砂隠れの転生忍術で息を吹き返したそうだ。追ってきた仲間たちとも合流している。転生忍術の術者以外には 犠牲者も出ていない」


イタチが言っていた通り 我愛羅は生きているんだ。 

チヨ様とも面識がある。
以前砂隠れに視察に行ったときにお会いした。私の師匠のチカゲばあ様ととてもよく似た方だった。
……あの方が転生忍術を使って亡くなられたのか。

報告を聞き終え、綱手様は目を伏せた。
チヨ様の死を悼んでいるのだろう。
私が綱手様の弟子だと知って、チヨ様は「お前がナメクジ姫の……」と、懐かしむように言っていたのを覚えてる。他里のくの一であっても、綱手様には大きな存在であったに違いない。

「ガイ班、カカシ班は無事任務を終了。三日後には木の葉に戻る予定です」

「そうか……分かった」


*

我愛羅が生きていてくれて、ひとまず良かったけれど、不可解な謎は深まるばかり。

「まったく、何がどうなってるんだろ」

ため息をつきながら家に向かうと、綱手さまとはちがう鬼が もうひとり待っていた。
いつも以上に眉間に深いシワを寄せた、シカマルだ。それも、私の家の前で腕を組むという かつてない出迎え方で。
まずい シカマルにもバレてる。

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