▼白
森にわけ入りながら、頭の中で状況を整理する。
霧隠れの鬼人・桃地再不斬。忍刀七人衆にも名を連ねた手練れだ。そいつとカカシ先生が対峙するとして、忍同士の戦いに初心者のわたしたち下忍は、どうするか。タズナさんを守りつつ、せめても先生の足を引っ張らないようにするには――
思案に耽りながら薬草に手を伸ばした瞬間、やおら何者かに声をかけられた。
「手伝いましょうか?」
雪のように白い肌、深い黒の瞳に目を奪われた。
同時に、鳥肌がたつ。その人が傍らに立つまで全く気配を感じなかったのだ。
「…大丈夫」
「実はさっき、ボクも手伝ってもらったんです。ナルトくんという金髪の男の子に」
彼の言葉にぴたりと手を止め、もう片方の手を咄嗟にクナイポーチに伸ばした。
「ナルトに何かしたの」
「何も。ただお話をしただけですよ。…キミはナルトくんのお仲間でしょう?だからそのお礼をさせてください」
わたしはその人をじっと見つめ、探りをいれた。透明な瞳は真っ直ぐにわたしを映して返し、長い沈黙が横たわる。
変なの。敵なのにぜんっぜん殺気を感じないや。
敵方であろうその人に、世間話も何も、おかしい話だけれど、わたしは名を名乗ることにした。
「わたしの名前は月浦シズクっていうの。再不斬の仲間の少年って、もしかしてあなた?」
「はい。ボクは再不斬さんの手下で、白といいます」
「……ここでわたしを殺さなくていいの?」
聞くと、
「今はその時じゃありません まだね」
そう、答えが返ってくる。
あまりの裏の無さに呆れて笑うと、少年もクスリと笑った。
薬草に触れるしなやかな指先も、透けるように白い。日に焼けた自分の肌と比べると少し悲しくなる位だ。
「あなたが桃地再不斬の下についてるの、想像できないなぁ」
「再不斬さんはボクの全てですから」
「全て?」
「彼の夢の為に生きて死ぬのが、ボクの夢です」
「そんなに……?どうしてそこまで信じられるの」
白は再び屈み込んで薬草に手を伸ばした。
肩にかかっていた艶のある黒髪がするりと一房流れ落ちる。
「信頼関係とは違うんです。あの人のことを一番に想ってる、ボクにあるのはこの気持ちだけです。だから全てを捧げてでも守りたい」
「……白は強いね」
「強くありたいだけですよ」
脳裏を過ぎったのは、青い髪のあの人。おおきく口をあけて笑う、あの、わたしを愛してくれた人。
あの声を、永遠に記憶できればどれほど嬉しいか。白 あなたは似ているよ。
「君には、深い想いを寄せる人がいるでしょう」
「うん。でもその人は…もう、いないの」
忘れたくない一方で、むかしのことを思い出すと胸が業火で焼かれてるような激しい痛みを感じる。
絶望の色は黒じゃない。
孤独の色は黒じゃない。
なにもないまっさらという恐怖が、黒よりもさらに深い絶望。汚れを知らずに白く、どこまでも深く。黒のその先に待ち受ける色が、空虚へ続く、彼の名前の由来だった。
もう話すことは何も残っていなかった。それからは無言で作業を続け、持参した籠はいっぱいになった頃、わたしたちは立ち上がり、向かい合った。今この時間に決着をつけなくともよいことだけが、唯一の救いだった。
「次会うときはお互い殺し合うんだね」
「己の大切な人のために戦う、単純なことですよ」
「うん。わたし…わたしも誰かを守りたい」
「シズクさんにもきっと、まだいますよ」
ゆっくりと遠ざかっていく彼の背中を、木立に消えるまで見送った。
「では、また。戦場で」
あなたとは全く違う世界で出会えてたら良かったのに、その気持ちを言葉で伝えようとは思わなかった。こんなたとえ話は 忍の世界では禁忌。
彼に再び相まみえたのは、建設途中の橋の上でだった。
無音暗殺術。水遁。首切り包丁。
再不斬の手の内は僅かに知れていたけれど、白の能力は未知数。
白の力に、わたしたちははじめて対峙した。
「秘術・魔鏡氷晶」
彼は血継限界を持つ忍だったのだ。
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