▼ 我を忘れた獣

その言葉に、崖下の川の流れや木々のざわめき 他のいっさいの音が耳に入らなくなった。

――――人柱力が死んだ?

「何…?」

「なかなか聞き分けのない人だ」

イチビの人柱力?ちがう。私が知ってるのは砂隠れの 砂漠の我愛羅。風影の我愛羅だ。


「オレは、風影になりたいと思っている」

「本当のことですよ。人柱力が里長にするのは妙案ではないようだ。忍が自里を気にかけて戦闘にうつつを抜かすようではいけない」

我愛羅は暁の襲撃から里や民を守りながら戦った?
いや 里長の我愛羅が必ずそうすることを分かっていて、暁は隠れ里ごと襲ったんじゃないのか?

「行くぞ鬼鮫。次を探す。小者に構ってる暇はない」

背後に立っているであろうイタチがそれまでの沈黙を破った。

「イタチさんも案外せっかちですねえ」

鬼鮫は不満そうな表情を露にしていたが、やがて大刀を肩に担ぎ直し、イタチに従って踵を返した。
次?
次とは、だれのことだ。

「ふざけるな…」

気づけばチャクラ刀を引き抜き、背を向けた鬼鮫に狙いを定めていた。

「ふざけんなァ!!」

ゴズと、大刀にぶつかって鈍い音がした。

「うらぁああああっ!!」

「おや 急に目付きが変わりましたねえ。面白くなりそうだ」

重くてびくともしない。大刀に巻かれた包帯の下が不気味に動き出してるのを感じる。
アスマ先生が戦ってたときと同じだ。確か干柿鬼鮫の大刀は 生き物のように動く無数のトゲで覆われていて、触れた体ごとチャクラを抉りとられて食われてしまう。チャクラ刀で応戦すると格好のエサだ。
刀での接近戦は回避すべきだが。

「水遁・水鮫弾の術!」

「ぐ…!」

この男は水遁使い。対する私は火遁。性質変化のでは相手が上回る。火遁の盾も無駄で 水遁を食らって片膝をつく。
おまけに崖下には川だ。地の利まで相性が悪い。

「こんな程度では憂さ晴らしにもなりませんねえ。これならさっきの珍獣の方がずっと削り甲斐がありましたよ」

地面に叩きつけられた私を見下す目もその手に握られてる刀も、まるで人ではなく怪物だ。
蛇に睨まれた蛙。リーチ、太刀筋、パワー、忍術、どれも勝るものはない。それでも降参すれば死ぬだけ。負けるわけにはいかない。
残る戦術は、毒。チャクラを毒霧に変換させて鬼鮫めがけて食らわせるが、無駄な抵抗といったところか あっけなく一蹴されてしまう。


「オレもお前たちのように、仲間を守れるようになりたい…その為に力を使いたい」

なにが同盟国だ。なにが応援するよ、だ。
我愛羅は命をかけたのに私はなんて無力なんだ。

「鮫たちのエサぐらいにならなりますかねえ」

「やってみろ」

思わず吼えていた。

「できるもんなら鮫にでもなんでも食いちぎってみせろ!写輪眼で呪い苦しめてみろ!お前たちが先生やサスケや……我愛羅をそうしたように!」

チャクラ刀を握り直し、怒りに我を忘れて鬼鮫に突進していった私は、割って入ってきたイタチに反応できなかった。
目の前で、赤い写輪眼が光る。写輪眼との戦いは術者の目を見てはいけないのに――――

(しまった、)

「いい加減にしろ 鬼鮫」

「すみませんねえ…つい癖で」


バサバサ 無数の羽音をたてるカラスの群れに、視界が黒く塗りつぶされていく。色彩の反転した世界。ここは既に、うちはイタチの幻術の中なんだ。

早く幻術返ししないと。そう思って両手で印を組もうとするが、カラスの鋭い嘴が腕を食み、結んだ指を引き剥がそうとしてくる。痛みに悲鳴をあげようにも、声のひとつもでない。音も、何も聞こえない。私の全身はものの数秒でカラスに黒く埋め尽くされてしまった。
頭に、鳥葬のイメージが浮かんだ。
このまま食いちぎられて死ぬのか。

「があ…ら…」

そう考えた瞬間、体がふいに軽くなった気がした。
死んだのか。
否 違う。

足が崖から離れ 落ちていく。

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