▼空に暗雲あり
医療班 執務室。今週の全小隊出動リストを見ながら私はひとり唸っていた。
「う〜む…ライドウさんの小隊 予定なら今朝には帰還してるはずなんだけどな」
波の国の要請で十日前にテロリスト集団の調査任務に向かったライドウ小隊。戦闘ありの高ランク任務ではなかったはずだが、まだ帰ってきてないらしい。
正規部隊の状況を見通して医療班の救護小隊を出動させる準備をするのも医療班長の役目だ。
うーん、どうしたものか。冷静に。
小隊の追加情報が来てるか、付き人のシズネ様に聞こう。そう立ち上がったところで、急に扉が開き、目当ての人物だ飛び込んできたのだった。
「シズネ様、ちょうど良かった―――」
「たった今 綱手様のもとにでした砂隠れの風影が連れ去られたと連絡が入りました」
思わず耳を疑った。
「我愛羅が?まさか 何かの手違いじゃないんですか!?」
「砂隠れからの正式な連絡です。なんでも例の“暁”による犯行と」
黒地に赤い雲の忍装束の忍衆が脳裏を過る。暁といえば、三年前、木ノ葉崩し後から日を置かずに里に現れた抜け忍集団だ。てっきりナルトを標的にしてるとばかり思っていたけれど、我愛羅まで狙っていたのか。
「綱手様はなんて?」
「それが…砂隠れの応援要請を受け、カカシ班を向かわせるとおっしゃっていて」
「!?」
暁との接触でカカシ先生やサスケがどんな目にあったか、よくわかっていてナルトのいる小隊を差し向けるとは。いかにも綱手様らしい。
急いで大門に向かえば、まさに出発しようとしているカカシ班と、それを見送る綱手様と自来也様、イルカ先生が目に入った。
ナルトは私に気づくと、ニッと笑って左の親指を上に向けた。
「アイツのことは心配すんなってばよ、シズク。オレが必ず助ける!!」
「ナルト……」
「カカシ先生!サクラちゃん!さっさと行くってばよっ」
木ノ葉崩しのときの、我愛羅とのタイマン勝負。そのときに、拳を合わせながら我愛羅と気持ちが繋がったような気がしたって、ナルトは以前話してくれた。
いまのナルトの笑顔の下には誰よりも強い思いが滲んでるんだろう。
感慨深げにナルトを見送るイルカ先生に、綱手様がはにかんでいた。
「心配か?イルカ」
「いえ…あいつはもう私の心配するような弱い忍ではありませんから。サクラもです」
「成長とは不思議なもんだな」
厳しい修行に明け暮れていたのはナルトだけじゃない。サクラは本当に優秀な医療忍者に成長した。カカシ先生も、以前私を助けてくれた写輪眼の秘策がある。
二年半とは違うのだ。
そう 他でもない我愛羅だって……。いいや 我愛羅こそがいちばんに変わったと言えるだろう。憎しみを手放して砂隠れの人びとと向き合い、守る立場にまでなったのだから。
「オレは風影になりたいと思っている。里の者も自分も…大切にしたいと。その為に力を使いたい」
けれど一方で、私たちが対抗する敵の情報がまだまだ足らなすぎる。
「自来也様 我愛羅が拐われたのは……ナルトと同じ理由からですか?」
問えば、自来也様は頷いた。
「ああ。あいつらのなかに住まう 莫大なチャクラを持つ“尾獣”を狙ってのことだ」
「その“尾獣”を体内に持つ忍は他にもいるのですか」
「尾獣自体は全部で9体 各里におる。だが、それを住まわせ駆使する者 すなわち“人柱力”の詳しい数はワシにもわからん。戦争に利用される巨大戦力を明るみにするのは、里にとって手の内を明かしてるようなモンだからのォ」
“暁”は尾獣を集めて、いったいどうするつもりなのでしょうか?重ねてそう聞きたかったけれど、この先を問うのは時期尚早に思えた。
木ノ葉にナルトが、砂隠れに我愛羅がいるように、尾獣を持つその“人柱力”が他の里にいるとして。同じようにその忍たちにもまた脅威が迫っているのかもしれない。
「我愛羅…」
初夏の空は熾烈な戦いを感じさせないくらいに穏やかなのに、この先に立ち込める暗雲は、いずれこの里や他の里にも確実に広がっていくのだった。
「すごい里だね。まるで古代の遺跡に住んでるみたい」
これは誰の声だったか。
幼いころは愛を知らず、孤独なままの生き物だった。砂で閉ざされた里も、人間も、その風景が嫌いで 憎くて仕方なかった。すべて風に消しとんでしまえばいいと 何度も思っていた。
今は違う。
殴れば殴るほど痛んでいた手を包み支えるものと変えた。オレはもう 己を愛する鬼じゃない。
干からびた大地に雨は降る。この砂漠にも花は咲く。その里を、守っていたはずだが ここはどこだ。
何故オレはここに在る。
「これが我愛羅の守ってるものかあ」
オレは 誰かに必要とされる存在になれたのだろうか?
風影として砂隠れを守れているだろうか。
応えてくれ
誰か
「ぜったいなれるよ、我愛羅なら」
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