▼真夜中の訪問
机に広がる紙の束。あと数週と迫った中忍試験のせいで仕事は山積みだ。一刻もはやく残業を終えようと、オレはガラにもなく手元灯をたよりに資料室で報告書に向き合っていた。
最後の一枚を仕上げている その最中のこと。
背後がぼんやり光ったように感じて振り返る。
案の定、月浦シズクが窓辺に立っていた。
「ばれた?」
音もなく片足を桟にかけるそいつを横目で見やる。忍者ベストの上から羽織った白衣が月夜に照らされ、くるくるとした長い髪は夜風に靡いている。
こいつは幼なじみ兼、同期の仲間。
今じゃ恋人って関係も あらたに加わった。
「気付かねぇわけねーだろ」
「えへへ。来ちゃった」
「まさか飛んできたんじゃねえだろうな」
オレが体を机に向けたまま問い質すと、シズクの表情がぎくり 一変する。
「き、今日はちゃんと歩いてきたよ」
「嘘つけ。チャクラの光が見えてたぜ」
「う」
「ったく懲りねぇな」
チャクラの羽根という力を習得してからというもの、シズクはそれを乱用するようになってた。
戦闘で使うんまだしも里内で空の散歩ってのはいかんせん目立ちすぎるだろ。
「あの術は普段使うなって前にも言ったろ」
「空飛べると早くてつい」
「そういう問題じゃねェ。後先考えずに悪目立ちすんなってこと。お前は曲がりなりにも上に立つ人間なんだからよ」
短期間に上忍、更には医療班班長に昇格するまでに、シズクの出世は目覚ましい。一機関の班長ともなれば、上忍班長であるオレのオヤジと同等の権力を有するわけで。立場上、軽率な行動はわきまえてもらわなきゃ困る。例えば、オレの居場所をチャクラで感知して、夜な夜な資料室に忍び混んでくるような悪行とかな。
「…次は気をつけます」
一喝すれば、シズクは窓辺に腰かけたまま、しおれた花みてェに項垂れた。
今日は降参するのが早ェな。何かあったのか。
「そんならいいんだけどよ。で、こんな夜更けに来る用事は?」
オレは左側のスツールを指さしながら続けて問う。
明日に回せばいいだけの仕事をオレがこの時間まで残業してる理由。それは、明日久しぶりにこいつと一緒に過ごす予定だったからだ。
なのに本人がこんな時間に訪ねてきた。なんとなく、察するがよ。
シズクはしずしずとオレの隣に腰掛けながら、さらに面目なさそうに呟いた。
「ごめんなさい。明日の非番、私のミスでなくなっちゃって…出かけられなくなった」
やっぱりな。約束はおじゃん か。
「またやったのかよ。任務違反で五代目怒らせんのも大概にしとけよな」
「さすが……察しいいなぁ」
「そりゃ毎回聞いてりゃあな」
高ランク任務から帰還するたびにシズクが苦虫を噛み潰したような顔をするのにも、だんだん慣れてきてた。
いつか話していた八重とかいう女との約束を、シズクは本気で果たそうとしてる。冗談抜きに一生をかけるつもりだ。誰でも忍界の道理に目ェ瞑ってんのにわざわざ抗うのはコイツやナルトくらいだぜ。
本人たちも薄々気がついてる筈だ。思い描く不殺の理想に、戦う武器としての忍者は不要になる。忍者が今担ってる役目がなくなることが本当の解決に繋がるんなら、そりゃ世界の道理をひっくり返すも同じ。
誉められたことじゃねーし、無理にゃかわりねぇけど。そういうとこがいかにもコイツらしい。
「なんか埋め合わせでもしてくれんのか?」
「ち、ちなみに週末の予定は?」
「中忍試験の最終会議」
「だよねえ……」
はあ。シズクは肩を落とし、困ったみてえに眉をハの字にして見上げてくる。自業自得のくせして、んな顔すんなよな。
オレは空いてる左手をシズクの背中から回して引き寄せ、自分の半身に凭れてさせる。
「わ、」
鼻を掠める髪のにおい。肩に感じる重み。
左側だけ侵食してくる、体温。鉛筆を動かす右手を再開させ、目線は書類に落としたまま、軽い口調を努める。
「めんどくせーけど、もうちょいで終わるからよ。待ってろ」
「でもシカマル これじゃ書書きにくくない?」
「一緒に帰りてェなら静かにしてろ」
お構い無しだ。盗み見れば、耳まで真っ赤にしたシズクが見える。
邪念を押さえて膝の上に戻ったオレの左手に、シズクは黙りこくったまま指を絡めてくる。
本音言えば、飛んできたのがどうのとか任務違反がこうとか、まだ深刻じゃねェ分本当に杞憂なのはそこじゃねえ。
上目遣いといい、本人の無自覚さといい、肝心なとこが隙だらけなのが悩みの種だ。こんな夜更けに彼女に無防備に出歩いて、この仕草。
コイツ、どこまで本気なんだよ?大名説得するために色仕掛けとか使ってねーだろーな。
ったく、ここが資料室でよかったぜ。
報告書放り投げて手固めにしてェ衝動をこらえるのはかなり難儀だからな。
理性を頼みに鉛筆を走らせている途中、気づけばシズクはオレに凭れて、すうすうと寝息をかきはじめてやがった。
「……寝てやがるし」
今日も一本とられたのだった。閉じられた目の下の隈を見りゃ疲労も窺えて仕方ない。
問題はどうやって家まで運ぶかだな。
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