▼憧れのひと
木ノ葉大通りを南に曲がれば武器町通り。
そのまた東は花札通り。
季節は初夏 太陽は真上。日差しの厳しい通りを ちいさなこどもがたどたどしい足取りで駆けてきた。
案の定、小石で爪先を引っかけて、砂煙を舞い上げて転倒する。ぐすっと鼻水をすすった男の子を見、どこからともなくひとりの忍が現れた。
白衣の裾が地面に触れる。
「泣くな泣くな。大丈夫」
「だって……痛いよ〜っ」
「よーし。それならお姉ちゃんがとっておきのおまじない教えよう」
擦りむいた膝に片方をかざし、月浦シズクは強気に笑った。
「いたいのいたいの、とんでけっ!」
*
「もーっ…シズク師匠、どこにいるのお〜っ?」
その先の横丁でも同じように走る姿がある。
新品同様の額あて、パタパタと駆ける有り様に、忍び足も満足に習得していないことは一目瞭然。
なりたて新米下忍 風祭モエギ。現在人探しの真っ最中である。
病院に関所に待機所。行き付けの甘味処。彼女の居そうなところはくまなく探した。でも見つからない。
既に里の中心部を一周し終え、額にはうっすらと汗をかいていた。
「あっ!」
モエギは道の向こう側に先輩忍者を見つけると、名前を呼んで大きく手を振った。
「サクラさん!師匠を見ませんでしたか〜?」
「あんたも懲りないわね」
サクラは通りすがりに笑ってみせた。
「木ノ葉病院じゃないの?」
「それがいないんですっ!どこいったんだろ」
彼女は神出鬼没にて有名。煙のようにいなくなったかと思いきや、いつの間にかそこにいる。まるで背中に羽でもついているように。
例えるなら逃げ足は忍。否、例えなくともそうなのだけれど。
「呼んだ?モエギ」
ほらちょうど今みたいに。
「シズク師匠〜っ!」
背後を振り向き、頭上を仰いだモエギの視界に写りこんだのは白衣だった。きらりと日差しに反射した額宛てに、長い髪がなびいている。
「もーっ!どこにいたんですかぁ!」
「ごめん。うろちょろしてるモエギがあんまり可愛いくて」
「わたしが探し回ってるの見てたんですか!?」
「忍とは則ち影なりってね」
「もう。からかってばっかり!」
シズクは全く悪気もないようで、愛くるしい表情で憤慨している弟子を諌めた。
あっけらかんと笑うその人物が医療班のエースでいわくつきの戦歴があるとか、傍目には決してわからない。しかし全ては事実。
(この人は月浦シズク師匠。わたしの憧れのひとです。木ノ葉丸ちゃんの夢がリーダーを越えることなら、わたしの夢は、このひとを越えることです)
すうと息を吸って覚悟を決め、モエギはシズクに向かって頭を下げた。
「アカデミーの卒業試験に合格して下忍になりました!師匠、今日こそわたしに掌仙術を教えてください!」
今日は一息で言えた。
額宛ては決して飾りではないと、モエギももう決心を固めている。同じ班になった木ノ葉丸のように。
「よし。わかった」
「やったあ!早速お願いいたします!」
「でも、明日はサバイバル演習なんでしょ。体力温存した方がいいんじゃない?」
「へっちゃらですっ」
モエギの意気込みに、シズクも満足そうに微笑んだ。おそらくは、同じように師匠に懇願していたかつての自分を思い出して。
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