▼ぎりぎりの笑顔
無事第7班が下忍となり、わたしはその臨時班員となった。
とはいえ、サバイバル演習のあと、ナルトたちと行動を共にする機会はめったにない。新米下忍班は任務に慣れるようにとおつかい程度のカンタンな任務しか割り当てられないし、医療忍者も必要ない。
というわけで、わたしはしばらくの間はナルトたちと別行動。戦闘の増援やら、B、Cランクの医療班の任務に駆り出されていた。
そんなある日、火影邸から突然の呼び出しがあった。
「失礼します 月浦です」
扉を開けると、中央の大きな机に三代目様が両肘をつき、思案げな顔をして待ち構えていた。
「任務ご苦労。帰りがけにすまんなんだ」
「いいえ。何か急ぎの追加任務でしょうか?」
訊くと、三代目様は首を僅かに縦に振った。
「シズクよ 現在、第7班がCランク任務で里外に出向いたことは知っとるか?」
「はい。はじめて里の外の任務に出られるって、この前ナルトがはしゃいでいましたので」
任務出発の前夜、一楽で偶然鉢合わせたナルトを思い浮かべた。任務内容は、たしか波の国の要人護衛だったはず。はじめての里外遠征だ。
「先程カカシから知らせがあってな」
「カカシ…先生から?」
もしかして 第七班になにかあった?
三代目様が差し出してくださった紙片手短に、文章で、“任務延長につき帰還予定の日程を少々延ばします“とだけ書かれてあった。
「道中アクシデントがあったとは書かれておらんが、単なるCランクの要人護衛が延長とは、いささか様子がおかしかろう」
「……」
依頼詐欺にでも遭ったか。それとも任務先で何らかのトラブルに巻き込まれたか。三代目様がおっしゃりたいのはそういうことだろう。
「任務続きで悪いが、頼めるかの」
担当上忍にカカシ先生がついてる限り最悪の事態にはならないだろうけど、やっぱり心配だ。
あの班には、とんでもない無茶をする下忍がひとりいるからなぁ。
「はい。早速行って参ります!」
*
首に吊している特殊な鳥笛。ピイイィ、高い音が空高く響くと、すぐに黒い影が青空を横切ってやってきた。
右腕を前方につき出せば、艶のある黒い翼がこちらに向かってくる。わたしの使役、忍カラスのカンスケだ。
「カンスケ、急にごめんね」
カーッ、小さく鳴きながらわたしの腕に止まった。アカデミー時代に、ケガして道端に落ちていたカラスを見つけて、治癒能力で傷を癒やした。それがカンスケだった。それ以来、この子はわたしの忍鳥として一緒に暮らしている。
「この匂いを追ってくれる?」
カラスは本来嗅覚が発達していないけど、この子は木ノ葉の忍鳥として能力が高く、匂いで追跡ができる。サクラから借りていた本でも充分追えるだろう。
カンスケがカアと再び鳴いて、ふわりと羽ばたく。阿吽の門を出、わたしはできる限り先を急いだ。
*
不可抗力とはいえ、再不斬の戦闘で写輪眼を使ったのはまずかったな。
タズナさんの自宅で休養をはじめたが、まだ体は動かない。
ナルトとサスケは木登り修行の続き。サクラはタズナさんの護衛。まだ再不斬が動き出した気配はないものの、もうそろそろ調子を整えないと、流石にやばいだろうな……
なんて考えていた矢先、思いがけない人物がやって来た。
「カカシ先生!」
「シズク」
タズナ邸に上がり込むシズクは、よほど急いで来たのか 肩で息をしていた。
「どーしたの、お前」
「先生の文を受け取って、三代目様が様子を見てこいって派遣してくれたの。それで、みんなのあとを辿って来てみたら……先生が寝込んでるってさっきサクラに聞いて……」
「なるほどね」
「先生、怪我したの!?何があったの!?」
「ちょい落ち着きなさいよ。全員無事なんだから」
目の前まで駆け寄ってきたシズクに、オレは事の次第を話して聞かせた。
桃地再不斬の名を出すと、シズクは大きく目を見開かせ、すぐに眉根を寄せた。死体処理班に扮した再不斬の仲間の出現によって、相手を取り逃したこと。そしてオレも、恐らくヤツもあと数日もすれば回復すると。
端的に話すと、シズクは険しい表情でオレを見つめた。真っ直ぐにオレの、左目に注いで。
「じゃあ……桃地再不斬と戦闘になって、その眼を使ったんですか?」
ああ、そうか。
「知ってるのね、オレの写輪眼」
「はい。医療班の師匠や、任務で一緒になった忍の先輩が……カカシ先生の眼のことを話してたの、聞いたことがあって」
「そうか」
「先生は……発動したら倒れちゃうような危険な術で これまでずっと戦ってきてたんだね」
シズクはとても心配そうに、張り詰めた表情でオレの目を見つめた。
まだ新米下忍でも、木ノ葉病院で色々知識を仕込まれているとあってか、オレの左目について、何も知らないわけではないらしい。詳しい経緯まで聞き及んでないのが せめてもの救いかな。
オレがこの眼を持つに至った過程を知ったら、この子やナルトたちは、軽蔑して離れていくだろうか。
「ごめんなさい。わたし、肝心なときにいなくて」
「そんなことないよ。あわててここまで駆けつけてきたんでしょ。気持ちだけでじゅーぶん」
言えば、シズクはやや申し訳なさそうに小さく頷いて、そのあとに、ほっとしたようにくしゃりと笑った。柔らかく弧を描く瞳に、一瞬、胸の奥がぐらりと揺れた気がした。
「シズク それはそうと、近いうちに戦闘になる」
「はい」
「オレと再不斬の一騎討ちなら良い勝負だが、あいつには腕の立つ部下がいる。お前たちと同じくらいか、少し歳上か……千本の扱いからして、実践に慣れたなかなかの手練れだ。で、対するこっちは新米下忍四人」
「……わかりました。覚悟しておきます」
到着したばかりというのに、シズクは忙しなく立ち上がると「まずは疲労回復によく効く薬茶でも煎じるね」とオレに背を向けた。
「森に行くナルトの様子も覗いてきてやって。修行してる」
「うん。先生、ゆっくり休んでね」
「ああ」
シズクは手を振って、部屋を出ていった。
気配が離れていくのを確かめたあとに、ふう、とため息をつく。
「……まだ疲れてんのかね、オレ」
さっきの、壊れそうなほどに繊細な、シズクの笑顔。 なんて声をかけたらいいのか迷うなんてな。
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