▼03 桂馬

突如現れた要塞に接近を図ると、開け放たれた基部では例の鎧兵たちが外へと繰り出していました。周辺を警備する者、四方へ散る者。先程の村の方角へと進む者。

「あたりにはあの連中がうようよいるわ」

「ああ」サクラの囁きにシカマルも小さく頷きます。

「一体何なのかしら?」

「さあな…」

「これだけの数がいると厄介だね」

できることなら鎧兵の進路を断ちたいけれど、それは望めない。この数の鎧兵と応戦するのはあまりに無謀な上に、シカマルが目視した限りでは、リスクを冒して交戦しても救える生存者は―――恐らく、もういない。村はそれほどまでに手酷く壊滅に追いやられていたんです。

「サクラ、シズク、お前らはこのままナルトを探してくれ。見つけたら無線で知らせろ」

「了解。シカマルは?」

「オレは…ちょっとな」

生返事をしながらも、シカマルの視線は目の前の要塞に注がれていて。一人で偵察に侵入する気なんだって、すぐにわかりました。

「シカマル、わたしもついて行く」

「駄目だ。お前はサクラとナルトを探しに行け。いくら丈夫なアイツだって、あの高度から落ちて無傷なわけねェだろ」

「でも、」

冷静な、けれど厳しい口調。
奪還任務のあと、シカマルは仲間の安否をそれまで以上に気にかけるようになりましたよね。今回も、わたしやサクラの手前素振りは見せなかったけれど、ナルトのことをすごく心配してた。
ただ、わたしは、同じようにシカマルのことが心配だったんです。
ただでさえ要塞の内部は想像もつかないし、おまけにあたりは既に日が沈む時刻、シカマルの影真似も効果が半減してしまう。
シカマルをひとりで行かせたくない。

「それじゃ、ナルトの捜索にはわたしの影分身をつけるよ。シカマルと本体のわたしとで偵察に行く。そしたら何があっても対応できるし、合流もしやすい」

「けどよ、」

「それがいいわよ。シズクの影分身が一緒なら、小隊が散り散りになる心配もなくてよさそうだし」

サクラも賛同してくれて2対1。

「…そうだな」
小隊長がしぶしぶ頷いて、月明かりの下、わたしたちはそれぞれ別々の進路を取りました。

*

サクラと別れた後、シカマルとわたしは鎧兵の目を盗み、通風管の狭苦しいダクトから要塞に侵入しました。
入り組んだ内部を抜き足で進む度、眼下を通り過ぎるのは例の鎧兵ばかり。武装してない人はおろか、例の騎士装束の奴にすら遭遇しませんでした。


「ったく…来るヤツ来るヤツこいつらばっかだな」

「この鎧兵、自分たちのアジトなのにどうして武装を解かないんだろう」

「なんかウラがありそうだな」

そのうちに視界が明るく開けて、通風管の集まる先は中心部と思わしき円筒形の空洞で、小部屋からは細道で続いていました。わたしたちは丸窓のひとつに内部を窺って、思わず息を呑みました。

「!?」

小部屋に聳える謎の装置には、鈴なりにガラスの球体がいくつも実っていました。
気味の悪いことに、その中には身体を丸めたこどもたちが、羊水に眠る胎児のように、ひとりずつ納められていたんです。
青白く痩せ細った少年たちと、人体実験と思わしきラボ。嫌悪感を抱かずにはいられませんでした。

「意識はねぇみてーだが」

「遠目じゃわからないけど、かなり衰弱してる…」


シカマルとわたしが装置に気を取られていると、小部屋の扉が徐に開き、鎧を纏った女が二人 入ってきました。色は違いましたが、いでだちは白い騎士とそう変わらないもの。うち一人の女騎士が乱雑に操作レバーを蹴飛ばして、機械を作動させました。
外装に背を這わせ、会話を盗み聞きします。

「いつまでコイツらの世話しなくちゃならないんだい!」

ガラス球のひとつから、液体が抜けていって。

「あら 短気は良くないわ、ランケ」

「判ってる!」見るからに億劫そうな手つきの操縦で、ガラス球は再び液体で満たされていく。

「“ゲレルの石”さえ手にはいればこの子たちはもう用済み。もう少しの辛抱でしょ」

「まあ手足は必要だからな」

レバーが三度動いて、ちょうど真下のダクトでしょうか、何かが室内から吹き抜けへと転がり出ました。人一人分ほどの体積のある粘土のようなそれは、生き物のようにぐにゃりと姿を変え、表面の硬質さを増していきます。外見に見覚えがないわけはない。錬成されたのは例の鎧兵だったんです。これには思わず息を飲みました。

「―――誰だ!」

女の叫ぶ声。
気付かれた。

「こっちだ」

とシカマルが示した往路を一目散に駆け、女騎士たちが追ってくる前にわたしたちは外へと、脱出。


*

時刻は丑三つ時。
移動するにはかえって危うい時刻、要塞から距離を取ったわたしたちは、岩山の窪みに一時身を隠すことにしました。

「ここまでくりゃ安全だろ」

シカマルはつめたい地面に腰を落ち着けました。
目撃してしまった光景が衝撃敵で、わたしの頭の中では、女騎士たちの会話が何度となく繰り返されていました。
鎧兵と戦っても手応えがなく、生身の人間が入ってるようには到底思えなかった原因。あれは人間じゃなかった。こどもたちの おそらく生命エネルギーを抽出して錬成された兵器。出会い頭の応戦とはいえ、わたしたち 間接的にはあのこどもたちと戦ってるに等しかったんです。
事は思ったよりも深刻でした。加えてさらなる疑問も生まれた。

「シカマル、ゲレルの石って一体何のこと?聞いたことある?」

「オレだって知らねェよ。あいつらがここいらの辺鄙な村襲ってんのも、それが関係してるみてェだが…」

用済み。手足。そして“ゲレルの石”。

「石が見つかれば、こどもたちは用済みだって言ってた」

女騎士の放った気がかりな一言。
元々 わたしたちの任務は迷子になったフェレットの捜索で、遂行すべき内容を放棄して逸脱行為に走るわけにはいきません。
けれど。

「わたし…あの子たちを助けたい」

「…」

あの子たちをあの要塞から、カプセルから脱出させたい。
とはいっても、任務先の村の壊滅と何らかの関係があったとしてもこどもたち全員を救出するのは現状では不可能でした。
依頼主の安否を確認しないままに、ナルトとフェレットは谷底に落ちて行方知れず。正体不明の母艦では傭兵が生産され、彼女たちの狙いも未だ判然としないこの状況。
小隊としてはかなりのピンチです。

そんな中、沈黙の末に、シカマルが口を開きました。


「…まあ、つまりはそのゲレルの石ってのが見つかんねーうちは、こどもたちも要り用ってことだろ。その点では焦る必要はまだねェ」

てっきり口癖のめんどくせーが溜め息まじりで呟かれると思ったのに、わたしの耳に届いたのは全然別の言葉でした。
あれだけの要塞に鎧兵ばかりが飽和して、騎士が極端に少ないこと。エネルギー技術はあっても基本戦力はそう高くないんじゃないかって、この状況下でシカマルは冷静に分析していたんです。
こどもたちを解放したいという焦燥ばかりが先走っていたわたしと違い、任務もこどもたちの件も解決できる方法があるはずだと、思慮を尽くしていた。遠回しな言い方ではあったけど。

前回、シカマルは同期の仲間を引き連れて、過酷な任務に挑んだでしょう?音忍相手に、一人一殺の覚悟で戦って。
あの任務以後、シカマルは変わったと思うんです。
ここぞって時に本領発揮するのは昔からでしたが、中忍に昇格して、サスケ奪還任務を経験してからはめんどくさいって逃げることがなくなったと思うんです。
仲間が安心して自分に命を委ねられるようにと、めんどくさがらずに向き合うようになった。

守れるように、って。

そして、仲間や第三者の人命が絡んでいるからこそ、時に慎重に、順序だてて解決の道を探っていく――それはシカマルが最も得意とする戦法でした。

シカマルは一歩ずつ前に進んでる。
わたしは?
わたしはまだ、シカマルに守られてばかりのように感じてなりませんでした。

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