▼再会
朝ごはんを多めにおかわりして、冷たい水で顔を洗って。額あての結び目はしっかりきつく。
わたしたちは今日 下忍になる。
なる……はずなんだけど。
「じゃ次 第7班。春野サクラ うずまきナルト
うちはサスケ それと月浦シズク」
イルカ先生が読み上げた四人分の名前に、響き渡る阿鼻叫喚。一人前の忍にはほど遠く感情豊かに叫ぶわたしたち、なんとフォーマンセルを組むことになりました。
「オレらの先生 おっせーってばよォ!」
じっと座って待ってられない性分ゆえにそわそわとドアから身を乗り出している うずまきナルト。
「他の班はみんな先生に連れられていったのに 先生が遅刻ってありなの!?」
ナルトを嗜めつつ同じく暇をもて余して、ときどき意中の人を横目で見ては嬉しそうに頬を赤く染めてたりしているサクラ。
「……」
サスケはといえば、サクラの視線を気にも止めずに、なんだか険しい表情をしていて。
そんな風に、どういうわけが担当上忍が現れず、わたしたちはすっかり待ちくたびれてしまっている。
朝までのわたしはすっかり いのやシカマルやチョウジくんと一緒の班になるつもりでいたのだけれど、事実は小説より奇なりだ。
「やっぱ気に食わねー!何でオレがサスケと同じ班なんだってばよ」
「それはこっちのセリフだ。ウスラトンカチ」
「んだとォ!?」
ナルトはサスケと顔を合わせれば険悪になる。ナルトはサクラに、サクラはサスケに気があるらしいし、つまりこれって三角関係?
うまくやっていけるかなぁ なんて考えていた矢先、ナルトが徐に席を立ち、教室の扉に黒板消しのブービートラップを仕掛けているのが目に入った。
「あ」
「ちょっと!何やってんのナルト!」
「ニシシシっ 遅刻して来る奴がわりーんだってばよ!」
「あっはは」
アカデミーの頃からナルトとはよく一緒に悪戯していたから、ついわくわくしちゃう。
しかし これが予想外に担当の先生に当たってしまったものだから、トラップに引っ掛かった人物が誰なのか気付くのに一瞬遅れてしまった。
「きゃははは、引っかかった!!」
「え……」
斜めにずらした額宛て。
素顔を覆う口布から唯一覗く半月瞼。
ひょろりと高い身長。
チョークの粉が跳ねた銀色の髪に降っている。忘れるわけがない。わたしはよく知ってる。
――――うそ、しんじられない。
下忍説明会が、この人との数年越しの再会の場所になるなんて。
「先生ごめんなさい、私は止めたんですがナルト君が」
だってこのひとは、
「かか、」
名前を呼ぼうとした小さな呟きは、ナルトたちの謝罪に掻き消されてしまう。
下忍の顔ひとつひとつを見渡す視線にぶつかり わたしはびくりとして思わず口を噤んだ。わたしの顔を見ても、彼はなんの反応も見せず、ごく自然に目が逸らされる。あれ……?
「んー なんて言うのかな。お前らの第一印象はぁ」
かかしだよね?
「嫌いだ!!」
担当上忍の痛烈な一言にみんな黙ってしまったけど、わたしひとり別の理由で何も言えなかった。
「ん?どうかしたの?キミ」
「あっ、…いえ…何も」
わたしを覚えてない?それとも人違い?
再会の喜びも束の間、反応が返ってこないことがショックで わたしは黙りこくっていた。
その後、わたしたちはビルの屋上へと場所を変えて 自己紹介をした。やっぱり、このひとは間違いなく、かかしだ。だって 自分のことを何も教えてくれないそっけないところ、昔と変わってない。
元気そうで良かったけど 雰囲気が少し変わったかなぁ。前はこんふうにあっけらかんと笑ったりしなかった。
「じゃ最後 髪の短い女の子の方」
かかしを見ながら考え込んでいたら、わたしの自己紹介の番になっていた。
「月浦シズクです。好きなものは甘栗甘の栗あんみつで、嫌いなものは えーっと、蛇かな。夢は……立派な医療忍者になることです」
「いりょー忍者?」
「シズクは医療班に配属されるって、さっきイルカ先生が説明してたでしょ!」
そう。今日から下忍になるといっても、わたしは医療班に配属されるのだ。だから下忍の班には、あくまで補助隊員として、大変な任務のときに臨時に加わることになっている。
「ふーん だからオレたちの班1人多いのかあ」
ナルトの頷きに、サクラが呆れたように溜め息をついた。
「キミの話は火影様から聞いてる。医療班の任務と掛け持ちするってね」
腕を組んで手すりにもたれ掛かっていたかかしがわたしを見て言った。
キミって、なんだか他人みたいな呼び方だ。わたしばっかり親近感を寄せているみたい。
「ま、当分こっちの任務で顔をあわせることもないけど よろしくね」
特別意味を含まない、ごく普通の挨拶だった。
「……はい」
すこし悲しい。でもそれよりずっと、再会できたことが嬉しい。
まさかこんな形で会うことになるなんて、思ってもみなかった。
*
サバイバル演習の説明を受けて帰り、夕方。
わたしは奈良家にアカデミーの卒業までお世話になり、下忍になってからはかつて由楽さんと暮らしてた離れにひとりで住みはじめた。奈良家には、今もときどきご飯をご馳走になる。
庭を挟んですぐ隣 シカマルのところに寄って、縁側に並ぶ。
「シカマルんとこの班の先生はどんな人だった?」
「どんなって……熊みてェなおっさんかな」
「熊?あっはは なにそれ」
「忍のクセにタバコなんか吸ってやがるし」
「上忍って変な人ばっかりだね」
「そっちはどーだったよ」
「こっち?」
かかしのことを話すかちょっと迷って、やめた。
「……うーん 変わった人だった」
「それじゃ何もわかんねえよ」
「自己紹介で何も教えてくれなかったんだよ」
「まじか……。つか、お前んとこナルトとサスケとサクラだろ?クソめんどくせー班だな」
「ほんと、衝突多くて大変そう。明日のサバイバル演習が思いやられる」
そりゃあなと息を漏らすシカマルの隣で、もう一度かかしの姿を思い出した。あっちは覚えてないみたいだったけど。
「……大変そうだけど、これからまた会えるから それは楽しみ」
「は?会えるって誰にだよ」
「へへ。ずーっと会いたかった人に再会したんだよ〜」
「は?」
忘れられててもいい。
かかしが元気そうで良かった。
もう何年も顔を合わせてなかったのに、明日また会えるのがわかってるんだもの。まるで夢みたいじゃない?
「おい、だから誰にだよ?」
「教えなーい!」
わたしがそう言って笑うと、不満そうに曲げられたシカマルの口は、さらにへの字に曲がっていた。
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