▼01 とある点と点
暁討伐の任務以降、シカマルは少し変わった。
悲しみに浸らず、アスマ先生から託されたものを自分の手で守ると心に決めてからは、心なしか前よりも“めんどくせー”が減ったような気もする。
関係とは、あるとき急に形を変える。
たとえば一度のキス。
同時に私たちの関係も変化を見せ、シカマルはそういうことを、ごく自然に求めてくるようになった。
まだ若すぎるから、とても慎重に。
もしかしたら今まではそういう欲求を押し止めてくれていたのかもしれない。
触れられれば抗えず、心がさらに膨らみだす。
二人でいる時、シカマルが私を、忍じゃないただひとりの女の子にしてくれる。
この距離はいつまでも釣り合った天秤じゃなかった。
眠りから覚めるとまだ夜で、シカマルの背中がぼんやり見えた。
今日は早番だから、そろそろ木ノ葉病院に行く準備をしなくては。規則ただしく上下する背中に安心して、私は後ろから腕を回して一度抱きつき、置き手紙をしてシカマルの部屋の窓から飛び立った。
*
「今のナシ」ってあの人は口癖のように使ってたが、将棋じゃ一度動かした駒を戻すことは無論ルール違反。動いた駒はどうあっても変わんねェもんだ。そこから最善の一手に持ってくってのが面白いわけだしな。
シンプルな考え。
次を見越して動くだけだ。
だがその言葉、たった今使いたい。「今のナシ」ってな。
「うまい〜!」
ナルトとサイが任務でそろって負傷したと聞いたから、めんどくせーけど快気祝いを開いてやろうと思って、席を予約した。最初こそ単純に。
しかし、主役を待ってる間に上等のカルビ肉を次々と平らげるチョウジを見てたら、流石に財布が心配になってきた。
テーブルに頬杖をついて、向かいに座るチョウジに言う。
「あんまり食うなよチョウジ」
「アスマ先生はそんなセコいこと言わなかったよ」
バカ、忘れたのかよ。アスマは勘定たりなくなっては店に土下座してたろーが。
「今日の主役はお前じゃねーんだ。まぁ、ここは奢ってやるけどよ」
「御馳走になります!」
「……」
待てよ。チョウジに向けた言葉の返事が、なんで隣の個室から聞こえてくんだ。嫌な予感を胸に席を立ってみりゃ、そこにはなぜか誘ってもないガイ班と紅班の連中がいた。
「なんでお前たちまでいんだ?」
「何故なら…ナルトとサイの快気祝いを開くと聞いたからだ」
「オレもそうだ」
「ヒナタから聞いたよ〜」
「ボクもです!」
「ナルト君が…みんなに伝えてくれって」
ナルトの仕業かよ。アイツ、もっとこじんまりやろーと思ってたっつーのに。こうなりゃ割り勘だ。
「そういえば主役は遅いな」
キバが赤丸に肉の塊を投げて寄越したちょうどその時、主悪の根源がようやく登場した。
「お待たせェ!みんなやってるな〜!」
「不味いよナルト。ボクたちまだ退院許可は…」
「いーからいーから!」
ナルトの話じゃケガなんてなんともねェ、もう退院ってことだったが、サイに至ってはまだ点滴も外れてなかった。はめられたぜ。
快気祝いにゃちと早急すぎる。
「オイ、勝手に人数を増やすな」
「祝ってもらうなら多いほうがいーじゃん!な!サイ!」
「あっ点滴が」
「みんなァ!オレたち快気祝いだ!たっぷり食ってってくれってばよ!ぜーんぶシカマルの奢りだかんな!」
「ごちそうさまシカマルー!!!」
おいおい待て、ンなこと言ってねーぞ。
必死の弁明空しく、愚痴もこいつらの歓声に消えていく。お前覚えてろよナルト、とオレは心中で舌打ちをした。
だがまあ 因果応報ってのはきっちり平等にあるらしい。
「よーしィ!オレたちも食べ、」
「あんたたち〜っ!」
パァンパァン。
強烈なビンタの音が二発分、突如として焼き肉Qの廊下に響き渡る。
病院を抜け出したナルトとサイを追って、鬼の形相のサクラが現れた。ここは 触らぬサクラに祟りなしだ。
ノックアウトされた病人二人を寄ってたかって見物していたら、今度はさらにシズクが、1台分の担架を担いで現れた。
「あちゃ〜。間に合わなかった」
シズクは苦笑いすると、痛みにピクリとも動けないサイを軽々と担架に乗せた。
「ケガ人は撤収ね」
「シズク…オレも…乗せてくれってば」
「ダメよナルト!アンタは自分で戻りなさい!それか私が引き摺る」
「サクラちゃん厳しいってばよォ……」
有無を言わさぬ圧力。そしてサクラは本当に、ナルトの襟首を掴んで退場していった。
第7班のメンバーがいなくなると、店は台風一過のように穏やかに戻った。あいつらはマジで嵐みてェな存在だよな。
めんどくせー。そうつくづく思った。
ナルトを引き摺り、怒り心頭で病院へ戻ったサクラ。対してシズクは呆れたように笑いながら、とばっちりを受けたサイを搬送する。
オレは店の前まで担架を下ろすのを手伝って、店の中に親指を向けて悪態をついた。
「ったくナルトのヤツ」
「まあまあ。シカマル、快気祝いは二人が退院してからまた開いてあげてね」
「もうムリだぜ。中で食ってるあいつらの代金でオレの給料もふっ飛んじまうしよ」
「あっはは、ほんとナルトらしい」
顔を見合わせて笑えば、シズクはサイが気絶してるのをいいことに去り際に小声でこんなことを言ってきた。
「じゃあもう行かなきゃ。……あ、それと…シカマル。昨日はその、黙って帰っちゃってごめんね」
話は今度またゆっくりね。
踵を返したシズクの頬の赤さに、敗けを認めるようなものだが、あっちだって言い逃げだ。
「……今のナシだろ」
この言葉、ここでで使わずしてどうする。
めんどくせーけど、そもそも恋愛事情にルール違反はねェしな。
なあアスマ、アンタも将棋以外でこの言葉 紅先生に使ってたりしたのかよ、なぁ。もう一度ひとりごちて、オレは焼肉Qの暖簾を再びくぐった。
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