▼呪いにしないで
洞窟から出て、私と先生は、“毒”の製造装置が作られていた滝へと訪れた。
暗部姿のテンゾウさんに加え、北アジトの処理を終えた白露さん、そして、木ノ葉の里から駆け付けてくださったシズネ様が、千羽谷での最後の作業のための支度を整えていた。
証拠隠滅は任務では絶対。
シズネ様に手伝ってもらいながら、わたしは毒を無効化させ、この荒野をゼロの状態にした。
任務報告のため シズネ様とテンゾウさんは先に木ノ葉へと発った。
ゆっくり帰ろう。カカシ先生は言い、旅の道中のように本当に少しずつ、わたしたちは移動をはじめる。きっとこれも、先生の気遣いなんだろう。けれど、どんなに時間をかけて里に帰還しても、すぐ日常に馴染める自信はしなかった。
今宵も月の下、白露さんは空を仰いでいる。
「今日の月は少し欠けてるわね」
岐路、ある山中で通りかかった泉で、わたしと白露さんはふたりで、湯あみをすることにした。
月を慈しむように見上げる彼女の横顔に見とれそうになったけど、裸の白い肩をまじまじと眺めてしまうのもどうなのかと、思わず目を逸らす。
「女同士でしょ。恥ずかしがらなくても」
「そうですよね」
「安心して。先輩も覗いてないわ」
白露さんの背中は すらりと伸びていた。暗部の面に、変装に、それまでさまざまな格好で隠された姿しか見ていないせいでそう思うのか、こうして何も纏わない彼女は 羽を伸ばす鳥のようだった。
「夕顔と呼んで。卯月夕顔。私の本名」
「いいんですか?わたしに名前を明かしても」
「ええ。私 暗部を辞めるのよ。これが最後の任務だったの。白露もこれで終わり」
そうだったんだ。
「夕顔さんは……暗部、辛くなかったですか」
「辛くないと言ったら嘘になるわね。……カカシ先輩が前に言っていたわ。誰かを失ったりこの手で命を殺めるめたりした後は、胸に大きな空洞ができるって」
「空洞……夕顔さんも……?」
「そうね 私の場合は胸の内に墓標が立ち並んでいるみたいな感覚かもしれない。恋人を失ったときにそう感じた」
「……」
「今でも毎日彼を思い出す。それで立ち上がれることもあるし、足が止まることもある」
最初に会った日もいまも、この人が誰かを追想しているような儚さで月を見上げるのは、そういうことだったんだ。
「…その人に出会わなかったら、好きにならなかったら……そんなに辛くならなかったって思いますか?」
「彼に出会わずにいたら 今生きてない」
水鏡にうつる夕顔さんの瞳は伏せ目がちで、その意味は、わたしはとうとう読み取ることはできなかった。
「空洞か墓標かはわからないけれど きっとあなたにもこの先増える」
「……」
「けどね それをあなたの中で呪いにしないで」
泉の水は静かに わたしたちの頬を伝った。
*
どれほど歩をゆるめても、いつかは目的地にたどり着く。
ついに里の少し手前まで来たところで、わたしとカカシ先生は、再び暗部の面をつけた白露さんと、解散することにした。
「それでは失礼します」と、白露さん。
「ん。ご苦労さま」と、カカシ先生。
そっか。この小隊では、また明日、は使わないんだ。平等に暗部にだって正規部隊にだって、当たり前だけど、当たり前の明日はない。この先会うことはもうないかもしれない。
「あの 夕顔さん」
背中を向けた彼女に、わたしはひとつ、ルール違反をした。
「またいつか会ってください」
胸にあいた空洞よりも、心に無数にならぶ墓標よりも、約束ならいいかなと、思って。
- 99 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next