▼次の春

(戦争前のふたり。公式の時期設定が発表される以前に書いた内容のため、季節の描写が原作と異なります)





「ちりはじめたね」

昨日嵐のように雨が降って、せっかくの花びらもまるごと持っていかれたかと思ったが、未だ眩しい。あわい色に、まだ緑はちらつかない。




奈良家の森にも桜はあるの。そうシズクが言うから、見せるだけ見せようと連れてきた。
みえないラインまで。

ここから先にシズクは近づけない。ただのきまりで作られた国境のようなそれ。あとにもさきにもなにもかわらない風景。それでも違う名前を与えられた場所。もう一歩踏み出せば、そこは奈良家の守る敷地。聖域のようなただの森。シズクは入ることを許されない。まあ、入ったからと言ってどうなるというわけでもないし、シカマルはすでにふたりも、外部の人間を入れている。ひとりは親友。穴を掘るために連れてきた。
もうひとりは。
踏み出せないライン。



ふたりしてぼうっと突っ立って、遠巻きに桜をみている。夢のなかの様である。

「すこし赤いね」

「色か」

「木ノ葉のはもっと薄いでしょ」
「そうか」

「そうだよ」

やがて、シズクがちいさく一歩足を踏み出した。新芽にさくりと降りたって、一族じゃない人間が一族の森に。シカマルが夏の終わりにひとりの男を埋めたちょうどそのあたりに。

「桜の下には死体が埋まってるっていうね」



わざとなのか。


シカマルの幼馴染みは、穴の真上を歩いて、桜の前に真っ正面に立った。それからゆっくりと背中から倒れて、地面に寝っころがった。


「シカマル」

こっちおいでよとシズクは云う。



今は春で、いつかあの夏をひとまわりする。
ここへは誰かと来たくない。


(桜のしたに埋めたのは、)


煙草と雨。高く響く笑い。血と影。丸とさんかくで出来た簡単な神。暗い穴。この森にくるといつでも全てがフラッシュバックしてあの夏に逆戻りする。死なない男を、憎んで、殺したいと確かな殺意を抱えて、シカマルが埋めた。神聖なはずの森を自分があんな嫌なもので汚した。あれは、足の裏の下で今も神に祈りながらバラバラの体でうごめいているのか、それとも腐って安らかに眠っているのか、もう考えるのにも飽きた。でもシカマルは、土から突如として千切れた指が飛び出して、地面に仰向けになっている幼馴染みの喉元を引っ掻きにくるんじゃないかと、安っぽいホラー映画に似た想像を断ち切れずにいる。闇のなかで眠っているだけで永遠に永遠な男。みえない信仰。狂気。


(狂い咲きか)

思考を止めて、シカマルも隣に寝っ転がった。
真下から見上げる桜は強い彩度の空に負かされてぼんやりとしている。自分たちのほうにはらはらと降り落ちる花弁。触れれば傷つきそうなもろい芯。


「もう春?」

「春だろ」

「散る前にお花見しよ。アスマ先生と紅先生の子も一緒にさ」



新しい戦いの前に生まれたあたらしい光。アスマと紅先生の大切な大切な、シカマルの託されたこどもは、いつか木の葉を照らすだろう。

「お前…」

桜が散り終える前に戦場に向かうことになっている。花見の約束は。

「ねぇ、だいすき」


戦争に出たら、また誰かいなくなって、憎んで埋めて繰り返すのか。その手で再びお前にふれられるか。
上半身を起こして、目を瞑ったシズクに唇を重ねた。すぐにはなすと、瞳をばっちり開けた顔。目ぐらい閉じたままにしてろよ、シカマルが云うと、真下にいるシズクが笑って、もう一回と囁いた。シズクの瞼を指先で伏せて、さっきよりも深いキス。目を閉じたままたぶん桜を見ている、シズクがぽつり呟いた。桜の木が淡いまだらの影を落とす。口元がかすかに笑っている。シカマルが隣に横になって、シズクの首の下に手を枕のように差し込んで引き寄せると、もっとまるく弧を描いて。もう一度同じ言葉をとなえた。シカマルの性格上、たいがいの話を疑ってかかるが、シズクのばか正直なだいすきは、例外に入る。あたたかさに、だんだんと眠くなってきた。夢におちる直前に聞こえた声。


「来年もここに、いっしょにお花見にきてあげる」


いちばん長かった夏も終わって秋がきて冬がきて色んなことがあってまた色んな人間がいなくなって。死なない人間が埋まった森のなかでいまこうしてシカマルとシズクが寝息を立てる。春には戦争がはじまる。ただどうやら今度のは終わらせるための戦争らしい。また繰り返して、次も春が来て桜は芽吹く。当分先のはなし。来年もシズクはついてくるらしい。その頃には、アスマの子もちょっとは大きくなってるはずだ。立ち上がって、話したり。

シカマルが呼んだら答えられるかもしれない、光の名前。そんな次の春を夢に見た。

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