▼母と子

情報部のいのいちに引き連れられ、シカクは取調室を訪れた。彼の予定では、“鬼の面”のツラをようやく拝めるはずだった。拘束されてる忍たちがそれぞれ土の塊と化していなかったら。
良くできた変わり身に、シカクは血相を抱えて部下と自宅に帰った。しかし由楽とシズクの姿はなかった。出かけたわよ、との妻の言葉を聞き終えないうちに、小隊は目的地へ瞬身した。どうかどうか何事もおきてくれるな 何も――――その願い叶わず、爆発音が地を震わせる。
辿り着いた慰霊碑前演習場の光景に、シカクは己の楽観を悔いた。

*

「 」

シズクがあたしの顔を覗きこんで、何度も何度も あたしの名前を呼んでいるのだろう。口の形でわかる。
けど きいいいん 耳にいやな高温がこびりついて聞こえない。
聞きたいのにな。

殺気は消えた。いや、殺気を放つ忍たちが自らに纏った起爆札で、あたしのからだの裏半分といっしょに 散り散りになったんだろう。血の匂いの、深さ。敵はもういない。
いま、あたらしく現れた気配。シカク先生 助けにきてくれたんだ。よかった これでもう、シズクは 安心だ


シズクの目から粒の涙がこぼれているのが見える。
きれいだな 雨みたい。
はじめて会ったときのあの、元気な泣き声を思い出す。声を絞り出して名前を 呼ぶ。

「………シズク…」

ほんとに大きくなったね。

「由楽さん!!」

「……ごめんね…」

「どうしたの、ねえっ、由楽さん!」

シズクが手を両手できつく握っている。しかし指先の感覚も もはや、

「病院いこう!?治るよね!?」

「……シズク、よく、聞いて」

「!」

「友達を 大好きな人をたくさん作って。じゆうに、たの、しく、生きて」


「由楽さん、わかんないよっ…!ねえっ!!やだっ!!!」

「愛してる、シズク」



あなたを救ったと思った。周りから敵から、あなたを守ってやるって使命感で日々を繋いでた。でもほんとは、あたしがシズクに守られ、癒されていた。あなたといるときは、夜のちいさな町明かりみたいにほっとする、やさしい時間だった。
一緒ならなんだってできるって、血よりもずっと強いものがあるって、思わせてくれてありがとう。

ご飯をしっかり食べて、よく寝るのよ。
体を大事にしなさい。
仲間を大切に。
ばかな男に引っかかったりしたらだめだよ。
カカシをよろしくね。後のことは全部あいつに頼んであるから あなたは安心して。
いつまでも泣いてないで あたしがいうんだからぜったい大丈夫だってば。
ほら笑ってよ。

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