▼初恋
任務報告を終えると、家に帰るでもなくわたしは街をぶらぶら歩いていた。
まるで別世界にいるみたいだ。
あたたかい昼下り。風。ブランコがキイと鳴る音。こどもたちの笑い声。まばらな足跡。建物の隙間から差し込む太陽。土のにおい。風に擦れる木の葉。
太陽のしたで、アカデミー入学前のちいさなこどもたちは忍者ごっこをしている。
「忍者ごっこしようぜ!」
「オレ隊長やるーっ」
「隊長は言い出しっぺのボクだって!」
「じゃああたしはとらわれのお姫様ねっ!たすけてえ〜っ」
「食らえー忍者キックゥ」
「ごぶじですか姫!」
敵にさらわれたお姫様を助けるヒーロー忍者。
わたしもよくやったなあ。お前は女だから混ぜてやんねーとか他の子に言われて、カチンときてケンカになって、暴れるわたしをシカマルが宥めて帰ってさ。
陽射しのなかを無邪気に走り回るこの子たちが里の光なら、わたしが千羽谷で見たのは里の影だ。別世界じゃない。どちらも現実だ。切り離されず区分できず、なくなることもない。見てみぬふりをしてきたけど忍は世界の影の存在だ。わたしが今までやってきた任務も、暗部から見ればごっこ遊びみたいなものなのだ。
結局のところ、わたしの暗部推薦の話は流れた。正確に言えばカカシ先生が及第点を示さなかったのだ。戦闘能力の基準を満たしても、“暁”につながる情報源を尋問なしに始末し、精神面で冷静な行動に欠けると。当然だよね。任務のあと 心を乱してるんじゃ向いてない。
暗部の人たちには悪いけど、この話が消えてほっとしてるんだ。戸惑いなく人を殺せることが忍の強さなら、そんなもの欲しくないと思った。
波の国の 再不斬と白のお墓の前でナルトが誓った言葉を、わたしはいまも覚えてる。
八重と結んだ約束を、わたしはこれから一生かかって果たしていくことになる。自分の力だけじゃ叶えられない難問に、これから、一生。
気づいたよ。わたしには不可思議な能力があるってこと。自分が何者かも判らないけど、もっと大人になんなくちゃ 続けていかれない。あんなにたくさんの命を手にかけたのに、わたしは浅はかだね。
誓う。
八重、わたしのすべてを捧げてあなたの約束に答える。
でもひとつだけ わがまま言ってもいい?
*
今 どこにいるのかな。里にいるといいんだけどな。居場所を考えながら関所の階段をたんたん上がっていると、案外すぐに見つかって、びっくりした。
いつもみたいに両手をポケットに突っ込んでゆっくりと降りてくる、影。
どうやらシカマルは報告書を出した帰りらしい。
「おう。今帰りか?」
「うん」
頷いて、そのさきの言葉が迷子になった。
わたしの様子をシカマルはすぐに察知する。
「……なんかあったか?また任務で何かしでかしたとか」
「ううん。滞りなく終わったよ」
迷惑かもしれないけど おねがい。
自分の気持ち見つめ直して気がついたの。
「ねぇシカマル、お願いがあるんだけど」
「お願い?何だよ」
「抱きついても、いい?」
わたしが真剣な顔でいうと、ややあって、「は?」と素頓狂な返事がかえってくる。
「おまっ…!何バカ言って、」
シカマルは真っ赤になって口をつぐんだ。
きっとわたしの顔も真っ赤なんだろうな。
千羽谷のあの夜、シカマルが頭の中に思い浮かんだことを 自分でも訳がわからずにいたけれど。
わたしは女になるのが怖かったし、誰とも知らない 好きでもない男の人に抱かれるのが怖くてたまらなかったんだ。
わたしはシカマルに会いたかった。
抱きつきたいとか何言っちゃってるんだろう。そりゃだめだよね。ずるいよね。どうすればいいかわからなくなってシカマルから視線を逸らした。
「……」
この沈黙がこわい。
冗談ですよと笑い飛ばそっかな。
でも、再び顔を上げると、シカマルが口を真一文字に結んでいて。
真面目くさった表情で階段に誰も居なくなったの確かめてから、シカマルはわたしの肩をぐいと引き寄せた。
「短冊飾り付けってめんどくせーな」
「そんなこと言ってると願い事叶わなくなるよーシカマルー」
「お前は願い事なに書いたんだよ?」
「シカマルは絶対みちゃだめ!!」
「なんでだよ」
「へへ、ひーみつ」
「教えろって」
シカマルの匂い、安心する。落ち着く。でも同じくらい胸の奥がずきりとして痛いよ。
どきどきして、苦しいよ。
もうこどもの体じゃない。また高くなった背も、広くなっていく肩幅も、少年と言い切れない腕も、少しずつシカマルは男の人のそれに変わっていってる。
温かい肩にぎゅっと頭を押し付ければ、わたしの背中を支える手にも力が入った。わたしもこわごわと両手をシカマルの腕に添えて、指先を強く握った。
短冊に書いたもうひとつのおねがい。
思い出した。
“シカマルのおよめさんになれますように”
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