▼螢火

千羽谷の者をみな殺しにし、火で燃やし尽くす。
わたしの受け持ちはそれまで。
その間に“毒”の装置を誰かが稼働させないよう、滝の裏にある設備を猫目さんが見張っている。
彼は岩山のルートを塞ぎ、逃げようとする輩を確実に始末してくれていました。人々の息の根を絶ち、わたしが毒を無効化させた後は、土遁で谷の地形をまるごと変えて、装置や集落をはじめからなかったかのように埋める。
そけまでが作戦。 

暗部はすべて滞りなく終わらせてくれるでしょう。

忍でない者は見逃して欲しいと当初懇願していたわたしを心配してか、猫目さんは自分の分身に一部始終を見張らせていたようです。

彼の話では、火遁を使ったあと、わたしは立ち上がっていられずにその場でがくりと膝をついていたそう。
そのときでした。

わたしの周りでは、白いチャクラが小さな竜巻のように渦巻いていた。だんだんと勢いを増すチャクラの中で、わたしは体を丸め、呻きながら背中に爪を食い込ませてもがいていたのです。

「大丈夫か!?」

「背中が……あつい…っ」

チャクラが強すぎて、猫目さんはこれ以上近寄ることが出来ないと判断しました。その目には一瞬、周辺を取り巻いていたチャクラが細かな欠片となって集まり、まるで背中から羽根が生えているように、見えたと。

そのチャクラの羽根が開いて大きく揺れ 風が吹き荒れ、猫目さんが次に目を開くと、そこには何かが立っていた。

『シズク』


人の形をした、人じゃないもの。
着物を着た女の姿。


*

夜空を風が静かに駆け抜ける。
血と灰と瓦礫の埃を運んでくる。

時間が戻ってくれたのかと思ったの。
わたしの目の前に、八重がいたから。

「八重!?なんで……?」

息を引き取る瞬間は見届けた。
彼女を置いてきた家屋は、もう焼けて炭になった。
それなのに八重は、わたしの名前を呼んでいました。


『あなたが望んでくれたから、少しだけ戻ってこられた』

彼女の心がもう一度目覚めたのは、なぜ?
確かに八重の体は人間のそれじゃない。白いし、炎のようにめらめらと波打っています。声も、ベールがかかったように遠くから聞こえてくるよう。

「幽霊なの……?」

人にあらざる八重。
まばゆくて まるで天女のようでした。

『違うわ。わたしは忍じゃなくてよくわからないけど、これはあなたの力の一部じゃないかしら』

くすと笑う彼女を見、胸が張り裂けそうになりました。
わたしを助けてくれたのに。
八重も他の女郎も、抜け忍も全員。この手で殺してしまった。心も体も狂おしくて灰になりそうです。


『シズクとはもっと違う形でめぐり逢いたかったわ』

「わたし……とても償えない。いったいなんて言えばいいのか…」

『笑っていて。そんな顔をしないで。この組織に入った時点でどの道結果は同じだったはず』


まるで遺言のようでした。
わたしの涙は枯れてしまったんでしょうか?その声を聞いても、こみあげてこない。

『復讐を選んだことに後悔は無かった。けれど、本当はあの時からずっと孤独だった。恨みは身も心も食い尽くしてしまう。あとには何も残らないわ』

「八重」

『シズク、あなたが私の憎しみを終わらせてくれた…この世に未練はないわ。私はこれでやっと家族や恋人の元へ行ける。最期に過ごせたのがあなたで、よかった』

「待って!お願い、消えないで八重!」

『もう私のように苦しむ人がでないように、この戦いの連鎖をあなたが終わらせて』

それは歯車を回す はじまりの言葉でした。 

この誓いに答えることは、今まで歴史の中で幾度となく繰り返されてきた忍の乱世、八重が木ノ葉を憎むように、サスケがイタチを憎むように、誰にも止められない憎しみ合いを終わらせる、という約束であることを悟りました。

誰にもできないから誰にも誓えなかった約束。
人のこころが望む正義。

わたしが。


「約束する」
 
八重が次に生まれ変わるときは戦いとは無縁の世界であって欲しいと心から願いました。
幸せな家族の元に生まれ、恋する人と幸せに添い遂げられるように。
わたしが殺したあなたとの、約束。この誓いがせめても、三途の川の船になり、雨よけの傘となり、あの世の道明かりとなることを祈って。


「わたしの一生をかけて、償うよ」


『ありがとう』


八重が今までの中で一番優しく、幸せそうに笑いました。指を伸ばし、おそるおそる触れてみる。温かくて柔らかい、風みたいに流れています。
八重、もう一度呼ぶ。
彼女の魂が、指の間をすり抜けていきました。


これで八重の話はお終まいです。
それから夜空が長い雨を連れてやってきて、わたしはそこで意識を手放しました。

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