▼絆

また少し大きくなったシズクと手を繋いで、あたしはいま、外をぶらぶら歩いている。こんなふうにふたりして里を散歩するのは 実に久しぶりのことだった。

「由楽さん、ほんとに好きなとこにいってもいいの?」

「うん。悪い人たちが捕まったからね」

そう。つい昨日、ようやく“鬼の面”をつけた襲撃犯たちがようやく警務部隊に捕まったのだ。
やつらは尋問部隊に引き渡され、現在も取り調べが続いているらしい。
事件は本当に、これで解決した?あれだけ手をこまねいていただけに一抹の不安が頭を過るけれど、足取り軽やかに、あたしをぐいぐいと引っ張るように歩くシズクを見て、自然と口の端が緩んだ。
そりゃあ、嬉しいよね。街はもとより、シズクはしばらく、奈良家の庭より外に行くこともままならなかったんだし。

「シズク隊長、我々はどこに向かってるのでしょうか?」

「まだひみつ!」

「教えてよー」

「ヒントは、由楽さんのよく知ってるとこ!」

街中は金木犀の匂いが深くなっていた。このにおいをかぐと、今までのすべての秋が全部重なって、あざやかに蘇ってくる。下忍になった秋も、この子を拾って初めての秋も、よく金木犀を眺めてた。

「はい!とーちゃくですっ」

目標の場所とはここですか?フェンス横の見慣れすぎた門に、わざとらしく頭を傾げてみせる。

「じゃん!せいかいは、このは病院でーす」

「ピンポンピンポーン。よく場所が分かったね」

「ずっと前にカカシが連れてきてくれたの!」

「カカシが?」

「うん!由楽さんがここで働いてるって」

「そっか……」

カカシと、あれから会ってないな。

あの日の言葉に嘘はない。好き。付き合いたいとか、夫婦になりたいとか、そういうのかはよくわからない。名前のある関係がほしいわけでもなかった。ただただ 所在なげにあいつが墓前に佇んでるのがいやで、つい余計なことを言ってしまった。
カカシを苛立たせたかな。混乱させたろうな。
考えると胸が痛む。

「由楽さん、病院ってどんなとこ?」

見上げてくるシズクに、あたしはシズクの胸もとをポンと軽くつついてやった。

「シズクもここが痛んだら来るんだよ。わかった?」

「いたいときは由楽さんが治してくれるんじゃないの?」

「…そうね。そうだったね」

「ね、つぎは由楽さんの行きたいところ!」

「あたしの?うーん そうねえ」

再びシズクの手を取って、今度は中心部から離れるように歩きはじめた。


*

「この黒い石 鏡みたい」

慰霊碑を前にしたシズクの第一印象。まだそれの意味を知らずに、御影石を不思議そうに眺めている。

「たくさん文字が書いてあるよ」

「慰霊碑っていうの。刻まれてるのは名前。忍たちひとりひとりの名前だよ」

「なら、カカシの名前もある?」

ほんとうに、この子は時々、予想だにしないことを言うんだから。
カカシの名前はここにはない。できることなら未来永劫、ここに刻まれてほしくないな。

「カカシ、自分が忍だって話したの?」

「ううん。シカマルが、あのひと忍なんだろって」

「シカマルくんか」

「シカマルのお父さんとお母さんも忍で、シカマルもなるんだって言ってたよ。シノビってなあに?」

シズクの再びの問いかけに、あたしはこう答えた。

「この里を守る人たちのこと。大切なもののために戦う人のこと、かな」

「つよいの?」

「うん。とってもね」

すると、シズクはぱあっと顔を輝かせた。

「わたしも忍になりたい!」

視界がすっとあかるく開けるように、頭の中で幼いころの記憶が蘇った。
そうだ。あたしもこんな風に、今はもういない父と母に言ったことがあったっけ。

「シズクが望むならなれるよ。ただしうんと頑張んなくちゃね」

「わたし頑張る!ゆびきりしよっ!」

シズクと小指をくっつけながら想った。
親から子へ、そのまた子へ、そうやってこの里はまわりまわって繰り返してるんだね、全部。
なんて心強いんだろう。
この子は、あたしの夢そのものなんだ。



「すっかり遅くなっちゃった。もう帰―――――」

その突如 強い殺気に襲われる。

「どうしたの?由楽さ、」

「静かに!」

殺気を知らないシズクの口を封じ、自分のすぐ後ろへ導く。間に合わない。来る。
クナイが四方から放たれたと同時に、仮面とマントを身に着けた4人の忍が現れた。シズクを気にしながら、向かってくる忍を手当たり次第に相手する。強い。速い。明らかに並の忍じゃない立回りに、あたしは自分が武器ひとつ持っていないことに愕然とした。

「その子を差し出せ」

「娘には指一本触れさせない。失せろ!」

地面に刺さった敵のクナイを、拾って投げようとするが、その体勢で鳩尾を蹴りあげられた。身を伏せたその瞬間に、敵の手がシズクに伸びる。その腕は―――いや、腕だけではないのだろう。その忍たちの肌は指先から袖に至るまでびっしりと、起爆札で覆われていた。

なにをする。
その子は あたしの、 。

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