▼影武者

助亜と白露の向かった先での、作戦はこうだった。
まずは感知タイプを白露の幻術で操り、情報をひきだす。その後は、先ず首領のイチイを狙う。仕留めてイチイに成り代わり、仲間を油断させ、翌日には幹部たちを始末。

国中を指名手配して探しても見つからない訳だ。北のアジトはどいつもこいつも抜け忍やお尋ね者ばかりだった。猫目を仲介して千羽谷でも作戦を開始する―――筈だった。
計画に沿って、助亜はイチイに近づいた。誰にも気づかれずに一撃で仕留めた。しかし、崩れた体は全くの別人に変化したのだ。
写輪眼の赤い色が、夜の黒に鮮やかに浮かぶ。
息の根を止める直前は確かにイチイ本人であったし、変わり身をする余裕は与えなかった。だがよくよく考えれば、相当数の抜け忍を束ねる首領にしてはこれではあまりに弱すぎる。
この奇妙な違和感は何だ。

「先輩、これは一体」

白露も血の匂いを漂わせて合流する。やはり助亜と全く同じ疑いを抱いている。

「仕組まれたな…」


*

助亜さんが白露さんと北アジトに潜入している頃。
一人静かに酒が呑みたいというスザクの酌の相手をするため、わたしは集落のある部屋に身を寄せていた。
今日は八重も他の者も傍にはいない。おそらく、滝の裏で、例の毒をつくる作業に従事しているのだろう。完成は近いと言っていた。こちらにもあまり猶予はない……そう思案していた矢先だった。

「…ぐぁっ!」

酒を注いでいると、スザクが突然声をあげ、猪口を落としたのだ。古びた畳に透明な酒がじわじわ染み込むその間に、スザクの顔の骨格がみるみる別人へと変わっていく。

「スザクさ…、!?」

スザクではない。いまやわたしの目の前にいるのは坊主頭の若い男ではなく、中年の顔の険しい男だった。人相も体つきもなにもかも、チャクラまでがまるで別人だ。
その人相は、任務の前に確認した今回最も警戒すべき男―――首領の“イチイ”だった。

「影武者の術が解けたか。北アジトに敵が入り込んだな」

フン、かかったな。俺達を馬鹿にしやがって。奴は出し抜けにそう言った。

「俺の顔がそんなに珍しいか?」

スザク…否 イチイは、わたしが困惑している様子を口角を歪めて笑う。徳利を奪い取って直に飲み干しながら。

「は、はい…何がどう…?」

「特別に話してやろう。お前、“暁”って組織を知ってるか」

「い、いいえ」

「“暁”ってのはな、あらゆる能力者が集まった化け物だらけの忍集団だ。ここの毒をつくるための資金を貰い受けたとき ある術も教わってなァ。それがこの影武者の術だ」

「影武者…?」

「生け贄にオレの姿や性質を成り代わらせ、操れる特殊な変化だ。生け贄が死ぬと、術者だけ…俺だけが元の姿に戻る。つまり敵は、殺戮を果たしたと思い込むってわけだ。分身や影分身より遥かにいい影武者になる。……といってもお前は、変化すら知らねェか!」

クックッと喉を鳴らすイチイは、どうやら自分の術に誰かが嵌まったことが嬉しくて堪らない様だった。
わたしがこの千羽谷に来てから“スザク”と思って会っていた男が、首領のイチイ本人だったのだ。そして、変化でも変わり身でもなく、生け贄たる“スザク”はイチイの格好をして北アジトにおり、たったいまイチイとして殺された。
そういうことだろう。
でも、待てよ。首領イチイはわたしの正体を未だ知らない様子だ。
なぜキリュウはわたしが潜入していることをこの男に知らせない?

「もうすぐだ。今回木ノ葉を襲って手柄をたてりゃあ俺は“暁“に認められ、今度こそ仲間入りを果たす!キリュウの話じゃ、飛段とかいうイカれた不死身野郎に先越されちまったらしいがなァ……じきに世界がひっくり返るぜ!」

イチイは酒を飲み干し、せせら笑う。

「クックッ、愉快だ。ここにいる馬鹿共は骨の髄まで木ノ葉を恨んで、俺の計画に利用されてるとも知らずに信じ込んでやがる!」


頭が酷く冴えていた。
―――それじゃ、このイチイという男の目的は、木ノ葉への復讐ではなく、“暁”の仲間になることだったの?

この男の真意を知らずに、その指揮下で、八重や女たちは毒づくりに与していたというの。

血がドクドクと激しく脈打つ。
どうか、こんな悪夢は、どうか、

「お前だけの……望みのためだったのか」

自制も効かずに低く呟けば、それを聞いたイチイは高笑いを止めた。

イチイの傍らに置いてある長刀に手を伸ばす。それに気づいたのか、奴も自分の刀を取ろうとした。
しかしわたしの方が速かった。直ぐさま抜刀し イチイの口を固く覆いながら懐に入り込むようにして心臓を突き刺した。悲鳴は喉の奥でくぐもり、やがて途絶えた。引き抜いた刀に勢いよく血飛沫が降り注ぐ。

倒れて動かなくなったイチイを見、わたしはだんだんと冷静さを取り戻していく。

殺した。
殺してしまった。合図を待たずに。
この男から情報を引き出さずに。

表の人払いをしていたおかげで幸いまだ誰も気づいていない。少し猶予がある。
一刻も早く死体を持ってここを離れよう。猫目さんに連絡をとらなくては。ここの誰をも動きをとらせないようにしながら。
印を結ぼうとした、そのとき。

「……シズク…?」

座敷に酒を運んで来たのだろう。
月は、八重にこの光景を照らして見せてしまった。

驚愕で見開いたその目に写るのは、返り血の滴る、わたしの姿。ただただ冷たく光るチャクラ刀。

彼女の手からはうつくしい硝子の徳利が滑り落ち、ぱりんと呆気なく、割れてしまった。

- 95 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -