▼千羽谷

とある町のうらぶれた賭場。アルコールの匂いと騒ぎ声に満ちていて、賭好きの綱手様でも寄り付かなそうな場所。しかしここが、南アジトのある千羽谷へと続く鍵です。

千羽谷へ行く方法は、指定の賭場に赴き、指定の人間に、合い言葉を告げること。一語一句誤りなく。猫目さんと白露さんの情報を試してみましょう。
目当ては、額に傷のある男。
柄の悪そうな人たちの視線を掻い潜って見回す。壁にもたれて無言で煙管を吹かしている男の、額に十字の傷。案外すんなり見つかりました。
わたしはごくりと唾を飲み、正体が気取られぬよう震えながら、汗を流しながら、男に近寄って合言葉を告げました。

「この命を…この命を、賭金として、イチイ様に賭けたい」

暫し見つめられ、やがて男は席を立ちました。

ついてこい。口を開いたら殺す。


それから数時間ほど、その男と無言で山道を歩きました。途中に岩の洞窟が何本もあり、それが主だった通路や流通ルートとして使われているようです。この岩窟を塞げばアジトは孤立させやすいかもしれない。考えながらさらに行くと、視界が開けて。そこに広がっていたのは、谷と谷の間につくられた、小さな小さな集落でした。

中央の物見やぐらを囲む様に、継ぎ接ぎだらけの家屋がまばらに建っています。あちこちで畑を耕してもいる。近くの滝からは穏やかに小川が流れ出いました。アジトというより古びた田舎の村そのものでした。
誰も知らない、こんな秘境に。

「入れ」

通されたボロボロの長屋は、流れ者数人が酒を煽りながらなにやら話し込んでいる最中でした。案内の男がそのうちの坊主頭の男に声をかけます。男は酒瓶を投げ捨て、案内役の後ろに立つわたしを間近で覗き込みました。

「イチイ様は他のアジトにいらっしゃる。オレはスザクだ。ガキよ、代わりに聞こうじゃねえか」

「……木ノ葉の里に薬売りに行ってた父さんと母さんが、木ノ葉崩しの巻き添えをくって死んだ。木ノ葉の忍は助けてくれなかった。…あんな……あんな里に…巻き込まれて…」

「で 何が出来るって?」

「く、薬なら、作れる…。すこしだけ医術も…」

「他には」

「言われればなんだって……、っ!?」

話の途中で、スザクは乱暴にわたしの顎を掴んで上を向かせる。品を見定めるような目でした。この動きはおそらく忍の者。

「ツラは悪くねえな。オイ、八重に面倒を見させろ」

案内役にそう命じて、スザクはわたしから手を離しました。まずは第一関門突破、というところでしょうか。

難しいのはここからです。
スザクという男は、首領のイチイは他のアジトにいると言った。北アジトのことだろうか。スザクの周辺なら何らかの情報が入るのだろうけど、惜しいことにわたしは下っ端に連れられて、薄暗い小さな離れに移ることになった。
中から洩れる明かりを見るに、宴会座敷のよう。平屋の構造が幾つかに分かれています。ボロボロの障子越しに華奢な人影がある。ここは集まった女たちの生活の場なのでしょう。
抜け忍が集めたい人材は、本来ならば刃を持ち戦える者のはず。木ノ葉に恨みを持ち、復讐心を抱き、決して口を割らない同志。それなのに、この千羽谷にはむしろ、抜け忍を筆頭にしていても、一般人のほうが多い。ここにいる女郎たちもそう。なぜ……

一番奥に位置する他よりいくらか清潔な部屋へ、わたしは突き飛ばされました。障子が荒々しく閉められ、案内役が遠ざかるのを足音で確認した そのときのこと。

「新入り?」

そこにいたのは、わたしが今まで出会った人の中で一番美しい、ひとでした。

*

「私は八重。新入りの面倒を見てるの」

くのいちにとって、美貌はひとつの才能であり武器。木ノ葉にはきれいな人がたくさんいます。昨日出会った白露さんもそう。
でもこの人はくのいちじゃない。他の誰とも違う。艶やかな唇に紡がれる声があまりにも透明で、鼓膜が波打つかと思い、雷に打たれたように立ちすくんでしまった。

「え、えと、月乃です…よろしくお願いします」

ぐいと頭を下げる。すると彼女はわたしの手に自分の両手を重ねて、微笑んだ。

「歳は」

「…14」

「どこから来たの?」

先程スザクに話したのと同じ嘘をわたしは彼女につきました。

「そう…こっちいらっしゃい。私の着物を貸してあげる」

長い睫の落とす影が、まばたきにつられて形を変える。絹の様な白い肌も、髪の艶も、どこか悲しそうな笑顔も。女のわたしでさえどぎまぎしてしまうほどに魅力的でした。
八重の歳はわかりません。わたしより歳上だろうけれど成人前の娘にも見えます。色香で妖しく惑わせるのが女郎かと思っていたけれど、全然ちがう。

いちばん近くにいることになるであろう、八重という女。
警戒しなきゃいけないのはこの人かもしれません。

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