▼差し出す
「さーさーのーはーだーらだらー」
「途中から歌詞まちがってんぞ」
「しまった!ダラダラはシカマルだった」
「お前なァ…」
「よし、短冊書けたーっ」
「…なんて書いたんだよ?」
「んっとねえ、つよいくのいちになれますようにって。シカマルは?」
「母ちゃんにガミガミいわれませんよーに」
「おばさまが見たら怒るよ」
「奥に結んだからバレねえだろ」
「なるほど!わたしもいっちばん奥に結ぼっと」
「お前なんで裏にも書いてんだよ?」
「願い事もうひとつあるんだもん。あーっだめだめ!シカマルは絶対みちゃだめ」
「なんだよ?」
「へへ、ひーみつ」
「教えろって」
「ん…」
最近夢を見る。
昔の自分の夢であったり、はたまた 全く知らない人が現れる夢であったり。
今日の夢は、七夕の夢だった。
淡い色彩に響く声。ちりん、と風鈴が揺れて夏風が吹いていた。替え歌を口ずさみ、まだ幼くてかわいいシカマルと、短冊にお願い事を書いて括り付けた懐かしい記憶。わたしは書き足した二つ目の願いをシカマルに見られないように、うんと背伸びして高いところに結んだ。
「なんで見られたくなかったんだっけ」
上半身だけ起こして 夢と記憶のあやうい糸を探ろうとするが、どこかでぷちんと切れてしまってる。
表には、“つよいくのいちになれますように”。
そしてもうひとつ とても大切な願い事をこっそり裏に書いた気がする。
忘れちゃった。なんて書いたんだっけ。
夢の中で感じた蒸し暑さは、肌寒さとなって現実の朝に消えていく。冬に七夕の夢を見るって 季節感がないなぁ。
「さーさーのーはーだーらだらー ……か」
*
火影の執務室は斜めに差し込む冬の光に包まれて、散在する書類をいっそう白く照らしていた。綱手は口元で指を組み、今しがた呼び出したシズクに、射ぬくような眼差しを注ぐ。
「お前も知っての通り、ナルトは自来也との修行に出た。サクラは私が預かって修行を課す。で、残るはシズク お前だが、これから暫く正規部隊としてツーマンセルを組んで任務に当たってもらう」
「ツーマンセルですか?」
「ああ。医療班の常駐は免除だ」
薬の調合から増援救護班など、医療忍者の仕事に重きを置いていたシズクにとって、これは意外な指令だった。
四人の特性を組み合わせる基本小隊と異なり、二人小隊は、個人により高いトータルスキルを求められる。これは新しい修行を課されているのかな、とシズクは受け取った。
「わかりました。そのツーマンセルを組む方はどなたでしょう?」
「遅刻だ。直に来るだろう。あいつも随分時間にルーズになったもんだ」
溜め息と共に吐き出された単語には思い当たる節がある。
「遅刻って、えっ まさか」
シズクの言葉を遮る様に、軽いノック音が響いた。ゆったりと足を踏み入れた忍の姿。シズクの予感が的中する。
「カカシ先生!」
「やー、お待たせしました」
「カカシ、要件は式で伝えた通りだ。下忍教育はしばし外れてシズクとのツーマンセルで任務に専念してもらう。隊長は任務内容に準じて務めるよう」
「了解」
「当面のスケジュールも既に立ててある。早速任務に行ってこい」
カカシは綱手から書類を受け取り、流し見る。そして一呼吸置いて口を開いた。
「シズク。オレは五代目にちょい話あるから、先に準備して門で待っててちょうだい」
「……?はい」
カカシの用とは一体何か?好奇心を擽られたものの、シズクは師匠ふたりに会釈し、そのまま部屋を去っていった。
「なんだ?カカシ」
「このスケジュール、ざっと見た限りではランクの高い任務続きですが」
「今は木ノ葉の緊急事態だぞ。それくらい普通だ」
「新人中忍にいくらなんでも…このやり方じゃまるで暗部入隊訓練だ。まさかシズクを暗部にでも入れるおつもりですか」
「さあな」
「さあって…」
「確かにあいつを暗部に入れる選択肢もある。医療忍術は申し分ない。戦闘能力はお前の下で磨けば良い。ともすれば単独行動の多い暗部にとって資質ある忍に育つ。暗部経験のあるお前が分からない訳ないだろ」
「しかしシズクは……どう考えたって向いていないでしょう」
「お前ほど長く見てない私でも、日が浅いなりにあの子の強さも弱さも見てる。どうするかはまだ決めないさ」
先のサスケ奪還任務でシカマルが指摘した通り、フォーマンセルの基本小隊に医療忍者を組み込む対策は急務。シズクはその人材でもある。しかし綱手は先日のチカゲとの密談で、里の裏の顔たる“忍の闇”がシズクに目をつけていると知った今、しばしの間は里随一の上忍と行動させる判断を下した。
「……とにもかくにも今は実践を積んで選択肢を増やすのが先決だ。私情を挟むな。頼んだぞカカシ」
カカシは仕方なく再度了解と繰り返した。
「綱手様に頼まれれば、あいつは全部差し出しますよ。あなたの為里の為、自分の命でも」
「……」
「ま、それこそが暗部に最も大切な要素 絶対の忠誠心なんですけど」
カカシには腑に落ちないというよりも言い知れぬ無形の不安が取り巻いていた。このやり方はかつて自分も踏襲した、先輩暗部と新人暗部の任務形式に瓜二つ。五代目は本当に本気かもしれない。
火影直属といえど謎の多い暗部組織の中に信頼する弟子が居ればどんなに救われるか、考えるまでもない。カカシとその師匠も同じ道を選んだのだから。
「さーさーのーは、だーらだら…」
正門前でよくわからない文句を小声で歌いながらシズクは待っていた。この まだ駆け出しの弟子がこれから自分のパートナーになる。
「よっ、お待たせ」
「随分早いんですね」
「ま、下忍のお気楽とは違うからね。分かってるとは思うが お前ももう中忍だ。これからは先生と生徒の関係じゃない。背中を預け合って戦う仲間だ」
「わかってます。ただ守られるだけはもうおしまい。でも、呼び方はカカシ先生のままでいいでしょ?カカシ上忍って、堅苦しくて」
「呼び方はなんでもいいけど」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
ナルト、サクラ、サスケ。
三人がそれぞれの道を選んだのと同じくして、シズクの下でも何かが動き出している。
これが新しい一歩か。
大蛇丸やカブトがなぜシズクに興味を示したか、今となっては追及しがたい。先のイタチの一件もあり、シズクは今後 自分の身を自分で守る術を身につけていかなくてはならなくなるのだ。
自分のために。
この子は誰よりも木ノ葉の里に献身的だ。
忠義という名のもとに 里のためなら血とか心とか体までも なんだって差し出してしまうだろう。
心は弱くとも、暗部に一番必要なものをシズクは持っている。
「じゃ、行こうか」
これからしばらくはシズクと共にいられる。
近くで守れるなら、今はそれでいいだろう。
この杞憂、取り越し苦労に終わればいいと胸にしまいながら、カカシはシズクと任務に出発した。
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