▼月の行方
“鬼の面”は、その後も何度か由楽とシズクの前に現れて、不安を煽った。
そんな気の抜けない暮らしでも、しかし二人の生活は穏やかでもあった。奈良家の離れに居を移したのが、何より功を奏したのだろう。旧家 奈良一族当主の居住区。これほど安全な場所もないし、由楽が木ノ葉病院で仕事のときはヨシノさんがシズクの面倒を見てくれてるそうで、オレが呼び出されることは比例して減ったけれど。
ま、もともとオレは ガキのお守りに向いてないしな。
由楽のアテがシカクさんなのは、なんとなくわかってたし、致し方ない。
シズクはシカクさんの息子さんと随分仲がいいようだ。あの子に気の許せる友達ができたことが、なによりだと思う。
そうして、また一年が経った。
いつの間にか風が冷たさをはらんで、季節はすっかり秋になっていた。
ミナト先生とクシナさんの墓で手を合わせたあとに、慰霊碑に足を運んだ。今日は そのふたりの命日だ。ただただ無言で、近状を報告する。
「……」
ミナト先生、オレはまだ暗部に残ってて、滞りなく任務を遂行しています。日常は、とるに足らない。そして、申し訳ないけど、オレはまだ、あなたの息子に会いに行けてません。あなたによく似たクセのある金髪だと噂に聞くと、どうしても、まだ顔を見れない。
先生、あなたや……オビトやリンに、話したいことはたくさんあったはずなんです。けど今となっては思い出せなくなってきました。
不毛ですか。
分かり合える日を 手に届かなくなってから待ち望むなんて。
「――――あれ、カカシ?」
しばらく佇んでいると、里の市街地の方角から 大きなひまわりを手にした由楽がやってきた。
「今の時期にひまわり?」
「季節はずれだけどね。今の時期に備えられるようにって、いのいちさんが特別用意してくれたの」
クシナさんの好きだった花だからね。由楽は微笑み、オレの隣に立って、慰霊碑に手を合わせた。そうして一言も言葉を交わさず、しばらく2人で黙っていた。
やがて、由楽がゆっくりと口を開いた。
「カカシさ、そろそろ暗部辞めたら?」
「……なんで」
「カカシには向いてない。ミナト先生だってもういないんだし、暗部を続けるにはカカシは優しすぎる。ガイたちも心配してたよ」
――やさしい?オレが?
「任務の度に苦しいの引き受けて、そのままじゃばらばらになっちゃうよ」
そんなことない。大丈夫だよ。
「全然大丈夫じゃない」
「お前にオレのなにがわかるのよ」
かっとなって 気付けば口に出てしまった。
自分の影が心許なくなっていることくらい、とっくに自分で気づいている。でもそれを、誰かに指摘されたくはなかった。オレはそこまで弱くなっちゃ、だめなんだ。こんな幼稚なこと言うつもりは無いのに、
「何がわかる、か……それもそうだね」
冷たい風がオレと由楽の間に吹く。
そんな返事期待してない。冗談めいてはぐらかしてよ。なんだってそんな、寂しそうな声色するの。
お互い黙ったまま、夕日が傾いてきた。オレは俯いて、自分の足元だけ見つめていた。地面が、赤い。こっちまで伸びてきていた由楽の、細長い影が動いて、視界から消えた。
「カカシ、好きだよ」
顔をあげられないうちに、由楽は瞬身して消えていた。
中途半端に膨らんだ月以外、ここには何もいない。ただ秋風だけが、びゅうびゅうと心をざわつかせていた。
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