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十三番隊の雰囲気は、六番隊と異なっていた。十三番隊は、独特で此処だけ時間の流れが緩やかに感じられるのだ。

金柑は、六番隊の雰囲気に慣れているため、初めて書類配達で訪れた時は拍子抜けした。それは相変わらずで、誰もが通りすがる金柑を色眼鏡で見ることはなく、喜んで迎え入れてくれた。

金柑は、ルキアに隊首室へと促された。

「おぉ、よく来たな!」

中に入ると、山盛りお菓子の籠が二つ置かれていた。そして何故か、独楽や花札までもが応接机に置かれていた。

「朽木が組んでくれるな」

浮竹の提案にルキアは、返事をした。浮竹は、ルキアの隣で縮こまる金柑の肩の高さまで、少し屈んだ。

「これからよろしくな」

眉尻を下げる浮竹に、金柑は嬉しくなった。

「よろしくお願いします」

そして、金柑が浅打を帯びていることに気付き、浮竹は一人頷いた。

「よし、鍛練をしたら必ず報告書を出してくれるか」

予想外の発言に金柑は、首を傾げた。浮竹は、無理をしたらいけないからな、と真面目な声色で言った。コロリと応接机から独楽が転がり落ち、カツンと響いた。さほど遠くない場所にいた金柑の足元に届いた。金柑は拾うと何気なく独楽を見た。

「京楽の名が入っているだろう」

金柑がよく見れば、独楽には京楽の名が入っていた。伊勢に取り上げられないように、と持ち込むんだよと浮竹は苦笑した。

「今日からよろしくな」

金柑は深く頭を下げた。左手の包帯は朝、外した。

隊首室を後にした二人は、執務室に向かった。ルキアは顔を合わせる度に金柑を紹介し、金柑は頭を下げた。仕事は二人でこなし、配達も二人で行った。

定時後、金柑は浮竹に呼ばれた。待つか、とルキアに問われたが、金柑は大丈夫、と答えた。金柑は隊首室ではなく、雨乾堂へ足早に向かった。入って、と言われ金柑は部屋に入った。

隊首室より濃く浮竹の香がした。肌寒くなってきたからか、縁側の障子は三寸程開いているだけだった。

「どうだい?」

白い手で差し出された淡い青海波が描かれた湯呑みを金柑は受け取った。

「皆さん、優しいですね」

湯呑みを包む左手がこそばゆい。どうだ、と浮竹はお茶請けにかりんとうを差し出した。甘く香ばしい香りを緊張した身体が欲した。ぽりぽりと浮竹がかりんとうを口にする姿は、金柑の緊張を解いた。

「ゆっくりで良いさ」

柔らかい笑みに金柑は、目頭が熱くなった。涙を零さないように俯く金柑。浮竹は首を横に振った。

「泣きたい時は泣きなさい」

途端に、涙が堰をきったように流れ出した。湯呑みを抱いていた手で拭えば、温かさを感じた。ビョオと強い風が障子を揺らした。


そして、金柑は定時後の鍛練を一人でするようになった。ルキアには、執務時間で振り分けられた鍛練時間に相手をしてもらうことにした。一方のルキアは、執務後であっても構わないと言ったが、金柑はその時は頼むと言った。

そして金柑は、夕日さえも沈み、濃紺に染まった夜空の下で一人刀を振り続けていた。色濃く影をつくるのは、金柑が放った赤火砲だ。

ボウ、と浮かぶそれはゆらゆらと揺れている。カチカチと鍔が鳴る。ザリザリと草鞋に砂が入り込んでいた。金柑は、左足をぶんぶんと揺らして、砂を出す。

あー…
このまんまで大丈夫なのかな、私ってば
早く名前、知りたいんだよ

金柑は鞘に納め、鯉口を下げ緒で括り、抱きしめた。

ごめんね、気付かなくて
本当の私の相棒なのにさ

赤い炎は消え、橙色の提灯で自室までの僅かな道のりを照らした。

《もっと、呼んで》

夜の闇に声は溶け、金柑には届かない。



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