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卯ノ花に加減はどうかと尋ねられた金柑は大丈夫です、と答え朽木に頭を下げた。

「申し訳ありませんでした」

掛け布団を握り、金柑は朽木を見た。広いはずの個室が、異様な空気のせいか狭苦しさを感じた。

金柑は朽木が口を開くのを待った。長くも短くも暫くして朽木は、卯ノ花の示した椅子に腰掛けた。

「お前のせいではない。現に蓮華丸は虚は昇華出来ていたのだからな」

静かに話す朽木は、感情を出さない。

朽木の話し方は、吉良に似ていると感じた金柑。しかし、違うとも思った。

優しさだとか、厳しさが有る無いではなく、どちらも合わせ持っている。

吉良の厳しさは優しさに包まれている。朽木の厳しさは、なにものにも包まれていない。

そして朽木は話し出した。

「十三番隊に行け」

金柑は目頭が熱くなった。

私は…
処分を求めたとは言え、実際に受けねばならなくなると別だ。

覚悟がなかったんだ、と金柑は伝う涙を拭った。

朽木は身じろぎすることなく、続けた。

「ルキアもいる。やり易かろう」

やり易いって
金柑は、朽木の言っている意味が分からず、鼻を啜った。

卯ノ花は金柑の手に鼻紙を手渡し、反対の手で調子を探った。

柔和な笑みが、金柑の不安を煽った。

卯ノ花隊長は知ってるんだ

「勘違いをするな。必ず、六番隊に戻れ。皆が待っている」

金柑は、朽木の顔を見た。

いつもと変わらぬ表情に金柑は、ホッとした。

これは…社交辞令なんかじゃない
嘘じゃないんだ


「ありがとう、ございます…」
視界がまた、霞む。

拭った涙でぐじゃぐしゃになった包帯。覗く左手の一文字傷に少しばかり、染みた。

巻き直された包帯からは、消毒薬の匂いがした。

二人が去った後、金柑は吉良の時と同じくらいに満たされた気がした。

まだ戻れるんだ
良かった…ね、れん、

金柑はいつも傍にいたモノが、既にいないことに今更ながらに気付いた。

忘れないけど…
慣れないといけないな


「いつの間にあのようなことを」

卯ノ花は、使用済の包帯などを詰めた籠を抱き抱えている。

滲む金柑の血は減ってきていた。

「少しばかり」

朽木は、ちらりと籠を見た。

卯ノ花は、クスクス笑うと籠を抱え直した。

「浮竹隊長が喜んでいましたよ」

朽木の脳裏を白髪の同僚の笑顔が過ぎった。

浮竹、相変わらずだな
京楽も知っているやもしれぬか

複雑な表情のまま、卯ノ花に礼を告げると朽木は、ゆるりと六番隊へと向かった。

恋次が騒がねば良いが

朽木の心配は、杞憂に終わった。

しかし、たまたまその様子を見かけた竹井と柴岬に恋次が捕まったのは言うまでもない。


黒と白のコントラストに映える淡い銀白色の襟巻を翻して去る朽木を見た卯ノ花は、自然と笑みが零れた。

浮竹が来たのは先日。

疲れさせては悪いと言う浮竹から見舞を受け取ると、浮竹が笑っていた。

「どうかされましたか」

大量のお菓子に苦笑し、荻堂を呼ぶ。

実はな、と話し出した浮竹の金柑の移隊の話。

終始、笑顔の浮竹に卯ノ花は嬉しそうですねと言った。

「ああ、白哉が十三番隊を選んでくれたことと、朽木に友達が来るってことが嬉しいんですよ」

まるで自分のことのように喜ぶ浮竹。人の良さが溢れている。

卯ノ花は、浮竹が朽木兄妹を気にかけていることを知っていたため、尚更浮竹の喜びを感じた。


退院の日、金柑は卯ノ花に最後の検診をしてもらった。

「面倒かもしれませんが、暫くの間夕方に来てくださいね」

金柑は分かりましたと答え、包帯だらけの身体を見回した。

入れ替わりで荻堂が、籠を片手に入ってきた。

随分と前から荻堂が、金柑の担当となっている。

女性隊員に交替しようかと言われた金柑だったが、断った。

新しく担当となった人に身体を見せるのが、躊躇らわれたからだ。

姿見の前に椅子を置き、金柑は寝間着を開けた。

胸元から肩に広がる薄い赤紫へと変色した痛みを伴わない痣。

蓮華が模されたそれは、蓮華丸が遺していったもの。

左の肘辺りにまで伸びた茎も赤紫だ。

見る度に金柑は泣きそうになった。

事実、泣いていた。吉良と話をした頃から、泣きはしなくなった。

「消せるよ」

金柑が泣いていた時は、言えなかった言葉だ。泣かなくなった翌日から、荻堂は毎度、尋ねた。

「大丈夫だよ」

笑うようになったじゃん
荻堂は、そっかと常となったやり取りを終えた。

姿見と金柑の間に立ち、籠を金柑の膝に預けた。

包帯をしゅるしゅると外す音と、気持ちに余裕が出来た金柑の欠伸が混ざる。

「大きな口だね」

荻堂が笑えば、金柑は眠いと口を尖らせた。

巻かれた真っ白な包帯が金柑の身体を覆い、所々、変色した包帯が金柑の膝や籠に溢れた。

上半身や足を終えると、金柑は立ち上がり、籠を椅子に置いた。

荻堂は、よいしょとしゃがみ込み金柑の腹部に触れた。

「なくす?」

優しい荻堂の視線が、金柑を呼んだ。

分かってるでしょうに、と金柑は断った。これも常である。

荻堂が女性に優しく、伊江村をからかっているのは周知の事実だ。

だからこそ、荻堂の優しさが金柑はくすぐったかった。


「無くしたくなったら、よろしくね」

腹部の傷は、丹京に止めを差した時のものである。

刃を下に、真っ直ぐに打ち込んだ傷は背中にも遺っている。

戒めなんて格好良いものじゃないけど
うん
今は、遺しておこう

金柑は、包帯の必要が無くなった腹部に触れた。少しくすんだ色の線が、臍の上部に走っていた。

全てを終えると、荻堂は包帯を差しだし、何かあったらね、と見舞品の山に投げ入れた。

僕なりのお祝い、と片目をつぶる。

こういうことか、と金柑は荻堂が好かれる要因を見た気がした。


久し振りの自室は、他人の部屋のように感じた。

ただ、涅からもらったモノが叫んだ為、自分の部屋だと確認したのだが。

金柑は寝るだけの仕度をし、空気を入れ換える為に開け放した窓の前に座った。

秋も終わりに近付いて、冷え冷えとした風が吹く。

月は満ち欠け、細々と光る。

「明日からは、心機一転かな。ルキアと一緒だから大丈夫だよね」

金柑は、見上げた夜空に呟いた。息はまだ、白くはない。

カタリと窓を閉め、冷たい布団に身を入れた。

不安が金柑を襲う。
大丈夫
大丈夫
大丈夫…

金柑はお腹を押さえ付けて、身体を縮めた。

とろりとまどろむまでが長かった。


翌朝、六番隊の隊員に挨拶をし、ルキアが来るまで金柑は待った。

隊員たちには、朽木が伝えたらしく皆、金柑を励ました。

やはり、阿散井の失敗談を聞かされた。

笑う金柑の姿に、阿散井はホッとした。

一方で、竹井と柴岬は寂しい、と騒いでいた。

「竹、柴ありがとうね」

二人が知る金柑の笑顔に、更に涙を流し出した。

こいつは、いなくちゃいけねぇよな
人当たりが良いもんな

阿散井は、少しズレた観点で見ていた。

恋次、と呼ばれた阿散井は態勢を整え、金柑を呼んだ。

朽木はルキアを連れていた。

浮かない表情のルキアに、金柑は罪悪感を持った。

しかし、これから暫くは一緒なのだ、と金柑は名前を呼んだ。

「ルキア」
「金柑」

「私ね、大丈夫なんだ。さっき新しい浅打もね」

金柑は、下げ緒で鯉口を括られた短めの浅打を見せた。

ね、と笑う金柑にルキアは微笑み返した。

そして、腕を組んで言った。

「私が鍛えてやろう」

ニヤリ、と笑うルキアに金柑も望むところと、ニッと口角を上げた。

まるで蚊帳の外となった阿散井は悲しくなったが、ルキアの調子が戻り、金柑も笑っていることが嬉しくもあった。

ちらりと上司を見れば、二人を見て微笑んでいた。

朽木隊長が
そりゃそうだよな

滅多に見られないものを見た阿散井は、終始ご機嫌で、理吉は訝しんだ。

ところが、二人が六番隊を後にすると朽木は、阿散井に山を指し示した。

それは前日に仕上げた筈の書類なのだが、記入漏れだと指摘された。

見れば、全て自分の名前。
有り得ねぇ

「自分の名ぐらいでこのような山をつくるな」

朽木は、仕事を始めるよう告げると自身の終えるべき書類を手に隊首室へと篭った。

ああーくそー!
「理吉ィ!」

呼ばれた理吉の被害は甚大だった、と金柑は後に竹井から聞かされた。



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