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へぇ、金柑くんがね

吉良は阿散井から飛ばされた地獄蝶を指から、放した。

行こうかな

「少し外すね。何かあったら、飛ばしてもらえるかな」

吉良は思い立つとすぐに、机の上を片付けた。

ちゃぷりと墨壷から墨が撥ねた。

少しも気にすることなく、会場に向かった。


吉良が道場に入った時、試合は一つしか行われていなかった。

もう終わりなのかな

やっているのは…金柑くんに
向坂くんじゃないか

驚いたなぁ

吉良は、一人微笑んだ。

さて、どうしたものか

試合が終わり、いつの間にやら囲まれている金柑に声をかけられず、辺りを見回した。

「吉良、副隊長」

憮然とした態度で、向坂は肩を叩いた。

「久し振りだね」

知らん間に副隊長とはな、と向坂は呟いた。

「どうだった、金柑くんは?」

「張り合いがあるのか、ないのか」

向坂は握っていた拳を開いた。

赤みがさす手の平と残る感覚が、憎たらしいと思った。

向坂は、気になっていたことがあった。

「あれの斬魄刀が違う」

俺が見たものとは違う
どういうことだ?

向坂が考え込む姿を目の前に、吉良はフムと案を巡らせた。

僕が話すより…
案外、気が合うだろうしね

懐かしい蒼尽くしの友人を手招きした。

ざわめき出した人の間を抜け、金柑を囲む輪に近付いた。


「二人きりで話すんだよ」
「何故だ」

真一文字に結んだ口が、お前も来いと言っている。

「僕が居ても良いなら良いよ。金柑くんに承諾をとってからね」

もう言わせないよとばかりに言い含める友人に、向坂は頷くしかなかった。

仰々しいことだな

吉良の金柑に対する気遣いに、疑問を浮かべたが口には出さない。

「金柑くん、良いかな」

ふ、と笑う吉良に金柑は、何ですかと輪から抜け出した。

後ろで地味にいじける竹井は気にしない。

「向坂辰之進、僕の友人だよ」

金柑は、驚いた。

外見が華やかな向坂と穏やかな吉良が友人という印象が全く感じられなかった。

が、阿散井と吉良の仲を考えれば至極普通だと納得した。

むしろ、阿散井くんより仲が良いんじゃないのかな

探るつもりではなかったが、やたらと向坂を見ていたことに気付き、吉良に視線を移した。

「君と話したいそうだよ。二人で困るなら僕もいこうかな」

右手を摩っていた左手を下ろした。

刀のこと、だよね

出来れば、本当のことを知っていて欲しい

金柑は、三人でと応じた。

結局、時間が押し金柑の二試合目まで回らなかった。

残念だなぁ

金柑自身は、向坂との試合が長かったとは知らない。

能天気なものだ

口を尖らせた金柑を、ルキアは浮竹のもとへ追いやった。

諭されるのかと思っていた金柑は、浮竹がやたらと褒めるので首を捻った。

「あぁ、何故かって。嬉しいからだよ。朽木もあんな態度を取ってはいるようだけどね」

何度も見る眦を下げて笑う浮竹に金柑は、感謝を述べた。



「私の斬魄刀は、斬魄刀ではなかったんです」

甘味屋『風車』で、吉良を隣に向坂は金柑と向かい合っていた。

ぱらぱらと人がいるものの、三人は敢えて奥の卓に座していた。

「斬魄刀であった蓮華丸は、斬魄刀と同じだけの能力を持っていた術師です。彼は、東家の出でした」

口を開いたのは金柑だった。

「蓮華丸、蓮と言いますが…。蓮が斬魄刀に身を潜めた理由は、東家と相対していた京家が原因でした」

淡々と、淡々と話そう
金柑は、向坂を真っ直ぐに見た。

「蓮の母親が死去し、蓮が当主となった時に京家の当主である丹京が訪れました。

そして、彼は蓮の身の回りの人達を殺しました。それは、蓮の使う術を得るためで、丹京は蓮を支配しようとしました」

向坂はただ、真っ直ぐに蒼い瞳で金柑を見据えている。

「その為に蓮は取引をしました。術を教える代わりに亡き母を還らせることを」

「出来る訳がない」

向坂が口を挟んだ。

私と同じことを言ってる…

「そう、けれど秘術を見つけられる可能性があるとちらつかせました。

蓮の本心は分かりませんが、あの時東家に関わる者を殺したことを考えれば、蓮が丹京の計画の内側から丹京を狙うことなど分かっていたようです」

けれど、金柑は出来得る限り感情を込めないように話そうとしていた為、向坂の言葉に特には反応しなかった。

吉良は所々初めて聞く話に驚いた。

出回ってる話は微妙なところだね

「蓮は力を蓄える為の媒体として、私に痣を…これです。ただ、傷がやたらと増えていたので…」

金柑は袷を軽く開け、二人に未だ残す痣を見せた。

傷が増える?
「どういう意味だ」

向坂は意味が分からんと呟いた。

「例えば、関係のない人と同じ場所の傷…、自分が受けてもいないのに。

その傷が付くことに関しては分からないと。結局は、丹京の術でしたけど」

ふふっと笑う金柑に二人は可笑しいことはないだろうにと思った。

「それに関しての治癒は、蓮のお陰でした」

「蓮という本体を捨てた蓮華丸は、蓮の産物です。

蓮が斬魄刀に姿を変えられる程の波長が私にはありました。多分、養父母と暮らしていたから」

今思えば…
もっと二人といたかったな
金柑は、紙布巾を手の中でくしゃくしゃにした。

それから、と向坂ではなく吉良が促した。

普段なら無理に追及しないが、真実がなかなか明らかにされていない話だけに、聞けることは聞きたいのだ。


「丹京は相反する力が在ってこそ成り立つものが『力』であり、『世界』だと言いました。

だから、東家の者を率いれねばならないと。反発しあうだけではなく、手を結ぶことがあっても良いのでは。それが彼の望みだったんです。

東家と京家は、お互いが力を明かさないように身を置く場所などを知りません。噂さえも。

そこで仲介者である渦土家のみからしか聞けなかった。

私には、養父母がいると言いましたよね。その養父母が渦土家でした。

丹京が当主となって、東家の当主、蓮の母の死を聞きました。丹京は、此処で一つの賭けに出ました。

蓮が母親の死に固執するかは分からなかったけれど、生きるモノの永久の願いの一つ、『生き返り』を」

さっきの話か
向坂が納得した表情を浮かべ、吉良は頷いていた。

「おかしな話だと言いました。たかだか陰と陽の力があるだけで、交わることが出来ないなんてと。

渦土の行く末は、もうありません」

まぁ、血の繋がりはないのでと金柑は続けた。

そして金柑は、湯呑みに口を付けた。

温くなった緑茶が、喉に纏わり付くようだった。

「丹京は蓮の動きを封じ、蓮を身体に取り込みました。だから、蓮は丹京を果たす為の力の解放が出来なくなりました」

金柑は、丹京が廷内で動き出した時のことに触れた。

「丹京が蓮の力を吸ったことに伴い、彼が死ねば私に蓮の治癒が働かないことを意味することが皆に知られた、んだと…」

金柑は、吉良に同意を求める。

その場で刀を握っていた吉良は、そうだったよと答えた。

金柑は、蓮とのやり取りを思い出した。
悲しかったことを。

「蓮の口から、渦土家の霊圧と似ていたからと言われたの時はショックでした。母親代わりが渦土の者と知ったのは最近だったみたいですけど…。

そこで対峙するまでの間、蓮は知っていたんです。丹京が、丹京自身の知る蓮の霊圧を使って探していることを」

丹京が、金柑に目をつけ、更には確実に蓮を手中に収めるために動いていたことを付け加えた。

「許容量を超えた器は割れたり、中身が溢れますよね」

唐突に金柑は、向坂に問い掛けた。

あぁ、と首を振る向坂。

「私に閉じ込めていた力を蓮が引き出す前に、丹京は蓮を取り込み、私も取り込みました。

丹京の『器』としての肉体の許容範囲を超えれば、治癒力は今までの反動を丹京自身に反すことになります。

それさせない為に、私に移し替えようとしました」

成るほどな、と向坂は腕組みをし、背を背もたれに預けた。

「その前に丹京は言いました。蓮の母は自分に叛鬼術をかけた、と。

叛鬼術というのは、簡単に言うと丹京が術を施した時、同じ若しくは同等の他の術が丹京に反ってくるようになっているんです。

それは、丹京が東家と手を結びたいと言った時にされたそうです」

吉良と向坂は金柑が無意識に、袷から覗く痣を辿っていることに気付いた。

薄紅色のそれは、金柑のあどけない幼顔にはひどく妖艶で不釣り合いだな、と思った。

術に気付いたのは、蓮が当主になり丹京が渦土家に申し入れをした時のようで、と金柑は二人を見た。

「彼は死神の立場に疑問を持っていた」

吉良の確信した言葉に、丹京の悲痛な表情を思い出す。

「丹京は東家と京家、死神のしがらみを自分たちの姿と重ねていたみたいで」

フンと鼻を鳴らしたのは、向坂だ。

金柑は自分が丹京を手に掛けた時、既に斬魄刀として蓮が消えていたことを簡単に説明した。

一息つき、金柑は机の水滴の染みをなぞる。

じわりと伸びた染みが、机の色を更に変えた。


「何故、お前は丹京を庇う?」

予想外の向坂の言葉に金柑は、そんなつもりはないと思った。

ところが、答えあぐねている金柑に期待をしていないのか、向坂は温くなった緑茶の代わりを申し付けていた。

何この人…
向坂の隣で聞いていた吉良に目で訴える。

「自分の中で納得したんだよ」
いつもそうだから、と心太を追加した。

良いのかな、これで
冷たかった蜜豆は既に温い。

こうして正確な真実を知る者が増えた。



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