78



一角が浮竹達から離れると、弓親が腕組みをしていた。

微妙な顔しやがって

複雑そうに自分を見る弓親に一角は、大丈夫だと言った。

長く付き合ってきたからこそ分かることだ。

二人は、報告したらしい金柑が皆とはしゃぐ様子に顔を見合わせた。

良かったね
良かったじゃない

弓親は、一角が此処まで手を回していたことが微笑ましかった。

どういう感情かは、知らないけどね
聞けば、怒るだろうし
ふふっ

ニヤニヤしていやがる
一角は、多少の苛立ちはあったが不思議と口に出す程の苛立ちではないと感じていた。

丸くなったもんだぜ

このことを阿散井が知れば、突っ込まれるだろうに。

二人は手招きする阿散井に騒がしいやつ、と思った。

わくわくする
するけど、どうしよう!

休憩後、新たに試合表が張り出された。

しかし、金柑の名前はまだなく宙ぶらりん状態なのだ。

隣ではルキアが、二度目の試合順を調べている。

少し前に、緊張のあまりルキアの腕を引っ張れば、書いていたらしい字が歪んだ。

結果、落ち着けと睨まれたのだ。

怖かった…

金柑は、誰に縋ろうか見回したが傍には、自分の仕事をしている寒椿しかいない。

他は、それぞれの知り合いに捕まっていた。

落ち着かない金柑にルキアが、呼んでいると肩を乱暴に揺さぶった。

「行ってくぬ」

緊張し過ぎて噛んだことは、気にしない。

金柑は、口を押さえ涙目になっているルキアに背を向けた。


「三つ空きがある」
どうするかなぁ
小椿は、金柑を見下ろした。

お任せしますと今にも泣きそうな表情の金柑に苦笑した。

「それなら、この二つだな!始解はして良いが、動けなくなる程度だ」

言い含めるが、いつもは赤い頬が白い金柑に小椿が不安になった。

<大丈夫だ、へまはしない>

落ち着かず、斬魄刀を抱きしめていた金柑に灯宵がぶっきらぼうに言い放った。

灯宵ィ…
ありがとぅ

僅かに金柑の霊圧が上がると、途端に目の色を変えた。

金柑は、相手の名前を見た。

あ、向坂くんだ
知らない人だけど

小椿は見てるからなと上機嫌に肩を叩くと、虎徹に呼ばれ乱暴に離れていった。

金柑が、寒椿の元に戻ると金柑のいた場所に檜佐木が座っていた。

「よ、楽しみにしてるぞ」
ククッと笑った。

苦笑いを返したまま、寒椿に向坂とだと告げた。

「あー、分かった」

素っ気なく記録を取る寒椿に思わず、馬鹿と呟いた。

結構、結構と笑う様子からわざとだと知る。
もー、いやだなぁ

金柑は、暫くして用意の為に輪から立ち上がった。

「向坂です、宜しく」

スッと差し出された手は、細いのにゴツゴツとしていた。

少し短い深蒼の髪が揺れた。

阿散井と同じくらいの背丈だが、体つきは吉良と似ていた。

目付きは鋭いのだが、金柑は髪と同じ色の瞳を見ていたいと思った。

よく見れば、死魄装から見える袷も深い蒼だった。

向坂は、自分より遥かに小さい金柑を思い出した。

何度か院生時代に見かけていた。

本人は気付いていなかっただろうが、目立つ阿散井と話していればいたのを知っていた。

阿散井、吉良から何度か聞いたことがあった。

驚く程自分を見る金柑に、向坂もジッと観察をする。

邪魔なのか前髪をかきわける度に、後ろで結ばれた髪がひょこひょこと首筋から見えた。

ぱっちりと見開かれた瞳に、自分が映っているのかと思うと妙な気持ちになった。

「宜しくお願いします」

端から見れば、身じろぐことなく立ち尽くす二人に火花が散っていると考えてもおかしくはない。

漸く頭を下げた金柑に、審判も胸を撫で下ろした。

審判の開始の呼び掛けに、二人は距離を取った。

私としたことが、見とれてしまった

金柑は、よしと意気込み抜刀した。

<あれが好みか>

憎たらしい言い方に、違うからと呟いた。

向坂も金柑と同じく、始解はせずに構えた。

向坂の方がリーチがある。
金柑は、どうしたものかと考えあぐねた。

こんなことなら、寒椿が言ったこと覚えておくんだった…

金柑が、向坂について知っているのは攻撃的らしく、斬魄刀が汀燕であるということ。

らしいと言うのは、試合を見た印象だけだから確証もない。

<緊張してないな>

灯宵が囁いた。

金柑は、気付いた。
今までの私だったら、緊張してたのに
すぐ、やらなきゃ、やらなきゃだった…

少しは、変われたかな

余裕が出来た金柑は、向坂に飛び出した。

向坂は、向かってきた金柑の刀を躱し距離を取った。

ジリジリと攻める金柑に、向坂は後退することなく冷静に見極める。

厄介かもしれん

向坂は、構え直した。


「飛べ、汀燕」

なぎさつばめ…

ザワザワと騒ぎ出した向坂の霊圧に、金柑つい下がった。

「下がるな!」


一角の声が聞こえた気がした。

金柑は、柄を握り締めた。

向坂の肩への突きを躱し、金柑は大きく深呼吸をした。

汀燕が纏う水流の能力が詳しく分からない為、金柑は間合いを取った。

なかなか手を出さない金柑に痺れを切らした向坂は、刀を振り抜いた。

「この程度か」

瞬間、水流が幾つもに分かれ金柑を狙った。
避け切れず一つが金柑の肩に当たった。

見た目は大きくないが、衝撃は大きく、堪えようと床を踏み締めた。

ミシリと軋んだ。

向坂の挑発に金柑は苛立ち、嘗めるなよと吐き捨てた。

向坂は飛び上がり、金柑の頭上から刀を振り下ろした。

金柑は、機会を合わせ簡単に払いのけた。

一角さんに比べたら、軽い

緩む口を噛み締め、刀を下段に構えた。

誘うも挑発には乗らない向坂。

そこで勝負をつけるには懐に入るしかない金柑は、思い切って床を蹴った。

ダンッー

ガキンッー

水流をもろともせず、刀を合わせた。

飛沫が顔にかかる。

<俺もやりたい>

些か不満そうな灯宵の言葉に分かったと、そのままの状態を金柑は、維持した。

<燈せ、灯宵>
「燈せ、灯宵」

金柑の斬魄刀が煌々とした。

離れようとした向坂を離さぬよう、追いかけた。

刀身は夕焼けのように染まり、小さな球が浮いていた。

向坂は、気付いた。
「お前、斬魄刀が違う。流水系の筈だ」

金柑は、向坂の言葉にドクリと心臓が止まりそうになった。

「どういうつもりだ」

尚も追究する向坂に、金柑は言葉が出なかった。

やっぱり、変われなかった…
灯宵がいるのに

灯宵が私の本当の斬魄刀なのに!

「向坂ァァァァア!」

気付けば、金柑は向坂に向かって走り出していた。

金柑は、間合いなど考えずにただ、ただ刀を振り抜いた。

袈裟に振り下ろすと、向坂は逆袈裟に受け止めた。

尚且つ、簡単に退いた。

どういうつもりだ
理解出来ない

金柑の目付きが鋭く、体を守るように漂う球が不規則に上下している。

まるで、金柑の呼吸と同じように。

ウミノ金柑の斬魄刀では、ない

向坂は、八相に構えた。
いつでも踏み出せる間合いを維持する。

二人の呼吸すら聞こえないくらいの静けさに、他の試合は進められていない。

そのことに気付く者は、いない。

緊張、焦ってる
金柑は震える手を左手で抑え、握り締めた。

何を苛ついてるの
何をっ…

「お前の斬魄刀ではない」

再度、向坂は切っ先を金柑に向けた。

金柑は、考えるのを止めた。

そして身を、任せた。
「ァァァァア!」

金柑が叫んだ時、ゾクリと普段とは違う少し知らない霊圧が二人を襲った。

主は、浮竹だった。

「君の斬魄刀だろう」

優しい眼差しと有無を言わせない言葉尻に、金柑は冷静になった。

<しょうがないやつだ。大体、自分で俺がお前の斬魄刀だって分かってるんだ>

<気にするな>

ちりちりとした灯の球が、指先に触れた。

暖かい…
ん、分かってるよ

「行きます」
金柑もまた、向坂に切っ先を向けた。

金柑の目付きが、穏やかで優しくありながらも、先程とは異なる鋭さをもった。

「尋常に」


向坂は、横一線に切り払う。

金柑は、ぎりぎりで躱し後ろ足を軸に右足を振り抜いた。

と、どかないか

足を払おうとした金柑に気付き、唯一歩下がる。

向坂は、そのまま瞬歩を使い金柑の背後に回り、ケリをつけようとする。

金柑は、向坂の速度に負け、簡単に背後を取られる。

「金柑さんっ!」
「あれは、無理だな。奴も気付いてるだろ」

檜佐木は竹井に反応せず、後ろに立つ一角に振り向いた。

「あぁ、お互い分かったな。今の瞬間に」
一角は、二人の攻防を冷静に見ていた。


金柑は、刀を左手に持ち替え逆刃のまま、向坂に振り抜いた。

向坂もまた、金柑の反応が分かっていた為、鞘で受け止めた。

「鬼道や白打も使えば、良い」
「勿論」

金柑は、歯を見せて笑った。

「余裕なのかな」
「どうだろう」
竹井と柴岬は、指が白くなるくらいに握り締めた。

ガツガツと合わせていた金柑の刀と向坂の鞘が、離れる。

同時に、金柑が瞬歩を使い向坂の背後に回る。

目で追った向坂は、這縄と金柑が姿を見せるだろう場所に向けた。

うわ…
ルキアに怒られるっ

捕らえられたのは、刀だ。

<おい>
ごめんて

向坂はグイッと引っ張り、金柑の首筋に峰を向けた。

「決まりか…」
竹井が、諦めたように俯く。

「いや、まだだ」

一角が、竹井の頭を掴んだ。

この時竹井は、胸が苦しくなった。

俺はまだ金柑さんのことを分かっていないんだ

寂しさが、巣くった。

峰を首筋に当てられる前、金柑はグンと下半身に力を入れて体を落とした。

そのまま、床に左手を突き右足で向坂の足を払った。

ギュムッと軋んだ床を更に、軸足を右に変えて左足で向坂の手元を狙う。

ガッと鈍い音がした。
完全に払いきれなかったせいで、金柑は中途半端な間合いを維持するほか、なかった。

向坂は、これ以上やり合っても結果が出ないと気付いた。

不本意だが…

金柑は向坂の様子に、意を決した。

<分かった>

「汀燕、嘴」

ザァザアと迸る水柱が向坂の背後に現れた。

「灯宵」
まだ知らないけど…

金柑は、まだ灯宵の持つ能力を知らない。
けれど、不思議なことにそれが不安だとは感じなかった。

<今度からきちんと話すぞ>

フンと鼻を鳴らしているのだろうか。

ぶっきらぼうな物言いに金柑は、一角を重ねた。

こんな時に
末期だね、末期

金柑は、構えた。

<粒灯だ>
「粒灯」

金柑の周りを浮遊していた球体が、一回り大きくなった。

「行け」

向坂が切っ先を金柑に向けた。

水柱が崩れ、燕の姿を象った。

水の燕は幾羽にもなり、羽ばたいた。

金柑もそれに応じ、刀を真一文字に払った。

ザァザアと音を立て、飛沫を飛ばす水の燕を球体が包みこんだ。

途端に、ボゥッと焔を上げた。

シュゥと蒸気であろう白煙が上る。

「やった?」

甘い
向坂は、金柑が気を取られている隙に、刀を納めた。

金柑が向坂の気配を感じた時には、既に床の上。

目の前には、心配そうに飛び交う何故か向坂の燕たち。

背中に響いた衝撃は、受け身のお陰で和らいだが、見慣れ始めていた天井は変わらない。

「参りました」
金柑は、手を翳した。

握ろうとした刀は傍になく、様子を見た向坂の手には金柑の刀が握られていた。

痛む体を起こす金柑に、審判が手を貸す。

無論、結果は向坂に軍配が上がった。

挨拶をした金柑は、ルキアに馬鹿者と抱き着かれ、竹井もまた背中に抱き着いた。

愛されてんのかしらと金柑が、にやけていると一角と阿散井が、扱いてやるよと指を鳴らしていた。

うげ…

ぼちぼちでと苦笑する金柑に二人は、ニタリとここ暫く見たことのないような笑みを寄越した。

浮竹は後でな、と手を振っていた。

逃れられる!

いつも以上に、浮竹が菩薩のように見えた金柑だった。

一段落したところで、寒椿が竹井を引っぺがした。

何なの?
寒椿さん、怖い…!

竹井は寒椿の視線から逃れるように桐立の背後に隠れた。

金柑を囲む輪に二人の男が近付いた。



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