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金柑は、目を疑った。

そこには、蓮華丸と瓜二つの姿をした男がいた。

違う、違う
有り得ないから…

ドクドクと鼓動する胸に手を当て、ゆっくりと見た。

背格好が、似てる…だけじゃん

灯宵、ごめん…

金柑は、ほんの一瞬でも灯宵のことを忘れた自分を反省した。

<それは、構わん。やらんのか?>

ふわふわとした温かさが、手の平に広がった。

金柑は、ふふっと笑って今度ねと囁いた。

その様子を見た寒椿は、自分のことのように嬉しくなった。

また、金柑さんの演舞見たいな

寒椿は、同期生である向坂の試合を書き取った。

その頃、六番隊では珍しく柴岬が苛立っていた。

柴岬が苛立っていた理由は、二人の男が原因だった。

一人は上司で、もう一人は友人だ。

やっぱり、机仕事じゃ阿散井副隊長は尊敬し難いな…

柴岬は、大きな息を吐いた。

書類を片手に苦戦している阿散井の前に立った。

「副隊長、まだですか」

此処は副官室で、阿散井らしく粗野に物が置かれている。

柴岬は、阿散井の書類の山を見た。

「悪いのは俺じゃねぇって…あ、いや…悪い」

阿散井が何故、柴岬にこうも上司にあるまじき反応を示すのか。

理由は、柴岬が終えた書類にうっかり湯呑みを倒したからだ。

金柑に仕込まれた書類の処理能力は伊達ではなく、濡れた書類も多かった。

柴岬も、広げておいた自分が悪いと思ったが、今日はおくびにも出さないことにした。

「柴、俺もうすぐ終わるから…」

柴岬は、背後の小さな声に振り向いた。

「当たり前だ。浮かれすぎて、俺より少ない筈の書類が終わっていないとは思わなかったな」

「ごめん…」

謝ったのは、竹井だ。

副官室に据え付けてある応接用の机に広げられた書類をかき集めては、書き記す。

終わるのか…

この時、柴岬は何故か弓親の存在を思い出していた。

「あと少しだ」

弱々しく告げる上司に、柴岬は手助けすることを決めた。

阿散井は、柴岬から飛ばされる殺気に怯えていた。

が、手を止めることなく考えてみた。

竹井もそうだが、柴岬も金柑を慕ってんじゃねぇか…

あれ、俺の威厳は…?

悲しくなった阿散井は、自分も早く金柑の様子を窺いたいことに嘘吐けず、必死に筆を走らせた。

どうにか終えた頃、既に手合わせは始まっており、阿散井は朽木に一言断った。

朽木は報告するようにと言い、許可した。

阿散井は、竹井と柴岬を引き連れて十三番隊に向かった。

その途中、三人は三人組に遭遇した。

「一角さん達も行くんスか?」

三人組とは、一角、弓親と桐立だった。

一角と弓親の一歩引いた位置に立つ桐立は、竹井と柴岬に視線を走らせた。

若いじゃねぇかぁ
金柑ちゃんも慕われてるねぇ

竹井は、筋骨隆々とした桐立が笑顔でいることに驚いた。

柴岬は、桐立に頭を下げた。

応じて桐立は、名を名乗った。

「桐立源士郎だ」

一角よりも厚みのある体に目を見張る竹井を、柴岬が小突いた。

「柴岬斉二です。これは、竹井純太郎です」

ポカンと口を開けたままの竹井をひっぱたいた。

部下の様子に目もくれず、一角は阿散井に気になっていたことを尋ねた。

「金柑は、始解出来んのかよ」

言葉の意味を知る他の五人は、黙ったまま。

「大丈夫だとは思うがな」

ぽつりと誰ともなしに、一角は零した。

「俺も聞いてないんスよ」

阿散井は、苦々しく答えた。

「行けば分かりますっ!」

耐え切れずに叫んだ竹井に、弓親がそうだよと柴岬の肩を叩いた。

「早く行かねぇと、場所がなくなっちまうなぁ」

ニッと笑った桐立に、一角がそうだなと口元を上げた。

「行くよ」

弓親の声に、一角は足を走らせた。

金柑



金柑と寒椿は、ルキアの試合までを数えていた。

そして、金柑は寒椿に教えられた向坂の様子を見ていた。

本当に、似てないじゃん!
私ってば、馬鹿みたい

金柑、一人頭を振った。

そこにルキアが現れ、三人は試合表を覗いた。

「ウメではないか?」

ルキアが、名を指した。

「うそ!ウメだ!あれ、八番隊だったっけ?」

「いや、どうだったか…あ奴の性格上は十二番隊だと思っていたがな」

寒椿は、ルキアの示す名を見た。

梅師呂華子?
居たか…?

三人が頭を寄せ合っていると、入口が騒がしくなってきた。

誰かな?
金柑が、入口を見るとそこには一角を始めとした顔見知りがいた。

柴に竹…桐立さんも
一角さんだ

やはり弾む鼓動に金柑は、緩みそうになる唇を引き結んだ。

阿散井が、騒がしい竹井を黙らせようとする前に、弓親がぴしゃりと見た。

金柑、金柑…

金柑さんは…

柴岬が、邪魔にならないように探していると急に一角が動き出した。


「金柑!」

金柑は、目の前の光景に驚いた。

一角が、真っすぐ金柑の元へと来ている。

隣では、ルキアがニヤニヤしている。

後で覚えておけぇ…

一角は、寒椿に目もくれず金柑の前に立った。

「馬鹿野郎、何で知らせねぇ。どんな様子か分からねぇだろ」

金柑は、一角の初めて見る表情に戸惑った。

知らせて良かったの…?
気にかけてくれてたの…、一角さん

金柑は、抱えていた斬魄刀に力を込めた。

苦しいと囁く灯宵を更に抱きしめた。

「まぁ、いい。始解は出来るのか」

はい、と金柑は答えた。

浮竹は、随分と喜んでくれた。

ただし、無理は禁物だと優しく今日のことには触れなかった。

金柑は、残念だと思いはしたが、仕方ないとも思った。

が、一角の言葉にやっぱり出たかったなと順番が回ってきたルキアを羨ましく感じた。

「小椿は何処だ」

徐に辺りを見回す一角に、寒椿があちらにと手で示した。

と、一角はニヤリと笑い寒椿を引きずっていった。

どうしようか

金柑が、他の五人を探そうとすれば既に傍にいた。

「久しぶりじゃねぇか、ルキアは何処だ?」

わざわざ気を遣っちゃって…

阿散井は、金柑が零した笑い声に気付かない振りをした。

「嬢ちゃん、顔色が良くなったなぁ」

周りを気にせず、桐立は大きな体を揺らした。

頭に載せられた大きな手の温もりは、灯宵によく似ていた。

「金柑さん!会いたかったっス」

今にも抱き着こうとする竹井を柴岬が止めた。

竹も柴も相変わらずだね

金柑は、泣きそうになる竹井の手を握った。

桐立さんには負けるけど、相変わらずごつごつしてる

と、空いていた右手をスラリとした白い指が取った。

「金柑さん」
何を言えば…
ただ、会いたかった…

普段はあまり表情を出さない柴岬の表情が、不自然に震えていた。

金柑は、そっと柴岬の手を握り返した。

「柴、笑って」

無理な注文とは思ったが、金柑はそう言った。

嬉しいな…
「柴、そう、その顔」

金柑は、嬉しかった。

「金柑、出来るのかい?」

気付かぬうちに弓親が、金柑の斬魄刀を受け取っていた。

気付いた柴岬は、スルリと手を解いた。

解かれた手で、斬魄刀を受け取る、頷いて。

「楽しみにしてるよ」

優しく触れる弓親の手がくすぐったく、金柑は恥ずかしくなった。


弓親といくらか話していれば、金柑は阿散井に頭を掴まれた。

挙げ句、思いっきり首を捻られた。

「ルキアだ!」

阿散井の言葉に、すっかり頭から抜けていたルキアのことを思い出した。

「うわぁ…相変わらずだね」

ルキアの無駄のない剣捌きに金柑は、手を叩いた。

「ていうか、始解の許可が出たことが凄いよね」

弓親は、上座に視線を移した。

上座では、浮竹と京楽が楽しそうに胡座をかいていた。

手には、杯だ。

「舞え、袖白雪」

金柑は、ルキアの霊圧にわくわくした。

やりたいっ!

<そうだな>

即座に、声が聞こえた。

<見ているだけとは>

此れ見よがしに大きな溜め息を吐いた、灯宵。

金柑は、仕方ないよと囁いた。

どうやらルキアの相手は、実力はあるらしい。

が、ルキアとの相性が悪いらしく簡単に技を躱されていた。

今も、打撃は当たらず床に穴が空いただけで、ルキアは既に背後を取っていた。

「初の舞 月白」

静かに円柱の氷が天井を突き抜けた。

相手の利き腕は、閉じ込められている。

ガション

崩れ始めた氷の柱に審判が静かに、ルキアを示す旗を掲げた。

直ぐさま、柱から腕を抜くようにと四番隊が駆け付ける横でルキアは丁寧に挨拶をした。

ルキアとやりたいなぁ

阿散井も金柑同様に、刀を合わせたいと思っていた。

阿散井は、腰に帯びていない刀を悔いた。

「どうであった?」
ん、と腕を組むルキアは普段のルキアだ。

試合中とは、また違う表情を見せた。

金柑は、凄かったと羨ましいと正直に言った。

そうか、と照れるルキアの白い頬に赤みがさした。

阿散井がルキアにちょっかいをかけ、反撃を喰らっていたところで全体休憩が伝えられた。

そして、金柑は小椿に呼ばれ、浮竹と京楽の前に連れていかれた。

後ろには、一角も控えている。

金柑は、恐る恐る目を浮竹に合わせた。

「折角だから、やろうか。というより、元からやってもらうつもりだったんだ。だけど、プレッシャーをかける訳にはいかなかったしな。だから、金柑気楽にやれるだろ」

金柑は、浮竹が実はかなりの策士じゃないかとこの時、一番考えた。

京楽隊長より凄いんじゃ…

そして、提案をしたのが始解出来ることを知らずにいた一角だったことが、更に金柑を驚かせた。

金柑は、出るんですかと聞き返した。

騒がしい休憩に感謝しよう

金柑は、どうしようと考えた。

「出てみたら、どうだい?」

京楽が、ねぇと一角に返事を求めた。

一角の手が、金柑の肩に置かれた。

「見てぇもんだな」

<暴れよう>

一角と灯宵の声が重なった。

うずうずする…!

金柑は、浮竹の前に一歩出た。

「よろしくお願いします」

ハラリとこぼれ落ちた後れ毛をかきあげ、金柑は顔をあげた。

と、小椿と浮竹がやっぱりなぁと笑っていた。

順番が来たら呼ぶからな、と言う小椿の言葉に甘え金柑は、ルキアの元へ向かった。

「斑目三席、提案ありがとう」

浮竹は、感謝していた。

この手合わせが決まった時、一角は小椿に金柑も参加させるように進言したのだ。

浮竹は、金柑が始解出来ようと出来まいと参加させたかったが、悩んでいた。

そんな時に、小椿が一角を引き連れてきた。

金柑、君のことを心配しているんだな

浮竹は、一角の真剣な眼差しに是非と答えた。

そして、すぐに金柑が始解出来るようになったと、恥ずかしそうに報告をしてきた。

あの斬魄刀なら、金柑に寄り添えるさ

浮竹は、京楽に覚悟しろよと笑った。



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