07
ある日の午後、お昼休憩を終えて隊舎に戻ると金柑は、三席に呼ばれた。
「急で悪いんだけど、明日の流魂街の虚退治が回ってきたのよ」
「結構早いですね」
男性隊員、舟日が尋ねた。
「まぁね、三番.五番.九番はなかなか動けないから。しばらくは動けないでしょう。で、メンバーは貴方達よ。私と五席の水戸さんに貴方達三人ね」
僕も良いんですか、と左矛井。
「無理かしら」
「いえ、ありがとうございます」
舟日と佐矛井は金柑より年上ではあるが、人当たりが良く、話しやすかった。
「射場副隊長?何かありましたっけ?」
「時間と場所じゃ」
「あっ、えっとね十時頃に隊舎前ね?」
「自室からそのままで良いからのう」
以上、解散と射場はグラサンを押し上げた。
その後はいつものように席官に頼まれた資料を取りに行ったり、整理したりで終わった。
机回りを片付けて隊舎を後にしながらも、思いは地面を這っていた。
明日、大丈夫かな
失敗するかも…
金柑は、悶々と考えていた。
翌朝、金柑は三席に連れられて流魂街の外れにある原っぱに向かった。
「散るんじゃないぞ」
五席の言葉が、響いた。
虚は予測地点に現われ、金柑は鯉口をきりながら走った。虚は触手を伸ばして、腕を絡めとろうとする。
「破道の四 百雷」
威力が小さいなら距離を稼ぐ?
でも私じゃキツいし
弾けとんだ触手は、更に生え変わりをした。金柑は、抜刀をして虚と向き合う。
「喰わせろ、クワセロー」
全く、イヤんなるな
金柑は、距離を縮めるために正面から走り込んだ。
−ダダダダダッ!!
−タンッ
ズルズルと触手が伸び、向かってきた。
「破道の四 百雷っ」
掠りもせず、虚は金柑に向かってきた。そのまま触手に左足を絡めとられた金柑は、その力を利用し刀を振り降ろした。
刃筋が悪かったのか、鈍い音だけをたて、意味を成さなかった。刀は、虚の顔に刺さったままだ。
触手に引かれていたために、必然的に虚の体に叩き付けられる。金柑は、手の平を翳す。
「君臨者よ、血肉の仮面、万象
羽ばたき、ヒトの名を冠す者よ
真理と節制、罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ
破道の三十三、蒼火墜」
刀が刺さっている周辺を目掛けて金柑が撃つと衝撃のために刀が外れ、体が幾分か離れた。
よし!
金柑は、気を引きしめ再度、構えた。
「破道の六十三、雷吼炮!」
触手は弾けた。その隙に虚の後ろに回り込み、金柑は刀を振り降ろした。
「ギャァァァ!」
やった!
「ウミノさん、後ろっ!!」
佐矛井の声に後ろの虚の霊圧をしっかり感じとる。
納刀していた刀の鍔元をガッと下に下げ、小尻をあげた。
そして、鍔元を胸元に引き揚げ、船のカイを漕ぐように刀を回しながら腰を回して鞘から抜き、目の前の虚に一突きにする。
しかし、虚は下がりながら体から刀を抜き、向かってきた。
うそっ!
金柑は、息を整え間合いを詰めて真っ向から斬った。
隊舎に戻ると例の如く、引き出しから書類を取り出す。内容と言っても現われた虚を昇華しただけだ。
三席と五席は早々に書き終えたらしく、遅めの昼食へと連立った。お疲れ様ですと口々に声をかけていく。
あれ?
皆、早いなぁ
虚退治があった日はそこで終わりとし、各自で帰って良いことになっている。
提出する書類を確認し、金柑も一先ず、食堂に行こうと決めた。
何を食べようかなぁ
食堂に向かう廊下でさえ、人は疎ら。案の定、食堂もぽつぽつと人がいる程度だった。
月見うどんに決めた金柑は、日当たりの良い机に向かった。
こんな時じゃないと、大きい机も独り占めできないなぁ
ぽかぽかとした陽気に浸る。月見うどんをのんびりとすすり、お茶を飲みふぅっと一息。日当たりの良さも手伝ってか、緩やかに睡魔が襲う。
「…いっウミノ?ウミノ?起きろよ」
「はい、起きてますよぅ?」
寝ぼけ眼の言葉に、溜め息が聞こえた。
金柑が、溜め息の主を見ると阿散井が心配そうに立っていた。
どうしたんだよ、とドカッと向かいの長椅子に座り尋ねてきた。
「阿散井副隊長…何て言うか…」
金柑は、言いたいことが言えずに溜め息をついた。
ふん…と聞きながら阿散井は言った。
「それってよ、あいつが何か言ってんのか?」
「あの人は最近落ち込んでるし、役に立ててないです」
何を言っているのか自分でも分からない金柑の脳裏を横切った男。
「あぁっ!ちきしょうっ!」
頭をガシガシとかき、阿散井は呻いた。
「すみません…訳の分からないことを口走って、気になさらないで下さいね」
上司相手の言葉遣いに、阿散井は今更だが恥ずかしさから頬を染めた。
「悪い、そういう意味じゃねんだよ、こういう時どうすりゃ良いのか。聞くだけ聞いてどうしようもねぇんじゃなぁ…?」
「いえ、すっきりしたので大丈夫ですよ。阿散井副隊長…阿散井くんに聞いてもらえただけで嬉しいから、安心してね」
「お…おう。あぁじゃ今度飲み会誘ってやるよっ なっ?」
金柑の言葉に、阿散井は照れたように口を押さえた。
「ありがとう」
「おうっ!うわっ、やべ朽木隊長に言われる…悪い先行くな?射場さんによろしくな」
「はい、ありがとうございます。お疲れ様でした」
急いで食堂を出ていく阿散井を見ながら、金柑は上げた腰を降ろした。
人気が無いのを良いことに、長椅子に体をのせた。
目元に手の甲をのせる。生理的な涙なのか、感情の涙なのかすら分からないそれが伝った。
どれくらいにそうしていたのか。
自分の部屋に戻ろ
部屋に戻りはしたが、何をする気も起きなかった。風呂だけは沸かし、温かい湯に浸かる。
風呂を出てもすっきりすることはなく、布団に横になると涙が金柑の頬をまた伝った。
っく、うぅ
どうすれば
布団に顔を押し付け、嗚咽を漏らしながら金柑は泣いた。
聞く者はいない。それでも胸の内を全て晒すかのように金柑はただただ泣いた。
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