71



翌日、金柑の元に見舞客が多く訪れた。

静かだった金柑の部屋からは、声が漏れていた。

それでも金柑は、合わせて笑うだけであまり喋ることはなかった。



一旦見舞が引くと、ぼんやりと天井を見た。

過ぎるのは、丹京と蓮華丸のことばかり。

気付けば、涙が枕に染みた。

例え、復帰したとしても
皆からどう思われているんだろう
体力だって、斬魄刀もない

復帰出来るのかな…
自分の斬魄刀を見極められなかったんだ
これから、どうしよう
嫌だな…

嗚咽に揺れる身体は、戸を叩く音で止まった。

「包帯だらけだね」
低音で吉良は苦笑した。

持ってきた菓子折りを片付け、吉良は何を言うでもなく腰掛けた。

沈黙が二人を包む。

金柑は吉良になら話せる、そんな気がした。

「ねぇ、吉良くん…聞いてくれる」

「なんだい」

吉良は優しく微笑んだ。

金柑は、自分が思っていることを全て吐き出した。今度は泣かなかった。

その代わりに顔を見ることが出来なかった。

金柑が吐き出し終えると吉良は、そっと金柑の手を取った。

「疲れたね。金柑くんは頑張ったよ」

頑張った、私が?

「知らない間に、斬魄刀と占い師の思惑に巻き込まれて。だけど、きちんと終わらせたんだ」

終わらせた、私が?
「私が…」

「そうだよ。自信を持つと良いよ」

吉良の手は温かった。指先は少し冷たい。

「金柑くんは、きちんと自分の斬魄刀を見つければ良いんだ」

吉良は、金柑の顔を覗き込む。

「死神、やってていいのかな」

金髪がふわりと揺れた。珍しく、前髪を払うと話し出した。

「僕の話なんてしても仕方がないのだけれどね。状況は違うけど、僕も死神をやってて良いのかと思ったよ。

だけど、副隊長だからやらないといけなかったんだ、三番隊を立て直すためにね」

それにね、と続けた。

「正直、辞めたくはなかったんだ。だから、決めたんだよ。三番隊の為に、自分が今まで積み上げてきたものの為にも、やっていこうとね。

綺麗ごとだと思うかもしれないけど…。心底ね、死神をやっていて皆と過ごすことが楽しいんだろうね、僕は。ま、戦いに関しては隊の特色次第だから、あれこれ言えないけどね」

そこまで話すと吉良は、金柑の手を握り直した。

吉良くん…
金柑は、思い出していた。いままでの四十余年を。

過ごしてきた生活がなくなるのは…イヤだ

「それ、私も…良いかな」

吉良は、うんと頷いた。

「金柑くんがいなくなったら、寂しいよ」

珍しくはにかむ吉良。

「頑張るね」

金柑が言うと、吉良は少し考えて言った。

「頑張り過ぎないようにね」

僕みたいに胃薬のお世話になったら困るから、と笑った。

「ありがとう」

その後は、金柑のいない間の阿散井たちの様子を面会時間いっぱいまで吉良は話した。

吉良の帰った部屋は静かで、とても心地好かった。

今までの生活を取り戻そう

暗闇に灯る明かりを金柑は、そっと吹き消した。

鼻につく明かりの燃えた残り香が好きになった。


金柑が目覚めて一週間、弓親が初めて顔を出した。

相変わらずの姿、香りに金柑は自分の頬が緩むのを感じた。

弓親は、聞いていたより晴れ晴れとした金柑の表情に少し驚いた。

「元気そうだね」

弓親は、金柑ちゃんとたどたどしく書かれた小さな紙包みを金柑の手に乗せた。

「はい、なんとか。やちる副隊長ですか」

金柑が中を覗くと、色とりどりの金平糖だった。ほんのり甘い香が金柑の鼻を擽った。

「心配してたよ。それからこれね」

弓親は、ドンと音を立て大きな包みを机に乗せた。

でかでかと書かれた金柑の名とお嬢ちゃん江の文字。

これって…
金柑は桐立さんですか、と尋ねた。

僕に持たせるなんて、と笑いながら毒づいた。

中身はお酒かな…

「こっちは僕らから」

弓親は、やちるのものより小振りの包みを金柑の手の平に置いた。

促されて留め紙を外せば、二本の髪紐が入っていた。

一つは、濃紺に金糸と銀糸が僅かに組まれた上品なもの。

もう一つは、反対に淡い桃色と紅に金糸を少し余分に組んだ華やかなもの
だった。

「一角が真っ先にこの色を選ぶから、迷ったよ」

凄く、素敵だ…
「良いんですか」
金柑は思わず尋ねた。

「勿論だよ。じゃなければ、隊長に渡さなくちゃならなくなるだろう」

想像してご覧よ、と笑う弓親に金柑は、クスリと笑って礼を言った。

弓親は、金柑の手から二つの包みを取ると、他の見舞品と纏めた。

桐立の大きな包みと並んだ、球体を象った暗褐色の瓶。剥き出しのそれは、乱菊からの見舞品の酒である。

そして、檜佐木からの差し入れである雑誌や本の小さな山が出来ていた。

金柑には、気になっていることがあった。

目を覚ました日、ルキアが助けられなかったと言っていた意味を卯ノ花に尋ねた時のことだ。

卯ノ花は、斑目三席が抱き留めたのですよ、と言ったのだ。

「あの、私を受け止めたのは一角さんですか」

弓親は、予想外の質問に虚をつかれた。暫し、沈黙。

そうだよ、と弓親は優しく答えた。

一角のことは気にしなくて良いよ、そう弓親は言うべきか迷った。

だが、金柑の表情を見て決めた、言わないことに。

むしろ、言う必要がないということに気付いた。

弓親は金柑の性格上、絶対に一角に迷惑をかけたと悩み、自分の気持ちをなかったことにすると言うと思ったのだ。

弓親は、金柑を見つめた。

弓親の視線に金柑は、唇を噛んだ。

「私、退院したら…まだ死神をしていたいんです」

繋がらない言葉ではあったが、金柑の言いたいことを理解した弓親は、そうだねとだけ応えた。

弓親は金柑が前向きになった理由が気になったが、聞かなかった。

弓親は、十一番隊より遥かに整備が行き届いた廊下を歩きながら考えた。

個室が並ぶ廊下を抜けると、一気に喧騒の中に入った。

またか
弓親は喧騒の出所を睨みつけ、一言だけ発した。

「何をしているんだい」

おどろおどろしい霊圧に、元凶の十一番隊隊員は大人しく四番隊の世話になった。

後から嫌みを色んな人に言われるのは、僕なんだから

一角は、金柑に会いに行ってないんだよね

弓親は、金柑が一角のことを自分に聞いたのだからと考えた。

考え込む弓親の様に隊、員たちは余計に肝を冷やした。

その頃、金柑の部屋に二人の隊長が訪れていた。



>>


//
熾きる目次
コンテンツトップ
サイトトップ
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -