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金柑は思った。
赤、嫌いになりそうだよ

荒い息を調え、間合いを取る。

私があいつを倒すのは…
自分の責任を全部無くしたいから
だから

だから少しでも…
皆に嫌われたくはないから…
これが私の負った責任だ

蓮華丸、ありがとう

金柑の左足が宙を蹴り、丹京はぐっと踏み込む。

小さく振りかぶった刀に丹京は反応した。

金柑は空いた左手で丹京の刀を掴む。

痛みはもう、感じない。

そのまま、右足を踏み込み、刀を振り下ろした。

丹京の肩から脇腹まで袈裟に走る跡。

流れる血は止まらず、丹京は崩れ落ちた。

へたり込む金柑に、丹京はそろりと手を伸ばす。ゲホリと咳込む。そして、ポツリと言った。

「ありがとう、苦しみから解放されたよ」

丹京が思い出すことは全て、あの冬の日以前の思い出ばかり。

笑えてくることが丹京自身、不思議でならなかった。

金柑は、ホトリホトリと涙を零す。

何で、泣いているんだろう

痺れる指は金柑自身の頬ではなく、丹京の指を掴む。

これが私の運命か…
致し方ないのやもしれぬな
これで、良かったのだろう
さようなら、小娘よ

金柑には、丹京の声が聞こえた。

そして丹京の身体はざらり、と砂になり散った。


儚く眼前を過ぎ去った甘い香の砂に金柑は安心し、悔しくなり、悲しくなった。

そして、丹京の創った空間は消えた。


バチリと音を立て、上空に姿を表した金柑をルキアは呼んだ。

金柑!
助かったのか、倒したのか!

しかし、ふらりと振り返った金柑は、身体を緩やかに落とした。

金柑の肩から脇腹にかけて、丹京の最後の傷が残された。

赤い筋を零し、落ちる金柑にルキアは地を蹴った。

早く早く早く!

そして、空を切った。
「金柑!」
ルキアは息を飲んだ。


「大丈夫だ」

その声は…
ルキアは振り返った。

金柑を抱き留めたのは一角だった。

小さな身体を抱き、傷口を抑え、一角は地上に降りた。

そして金柑は、卯ノ花に連れていかれた。

残されたのは、乾いた血の臭いと荒れた瀞霊廷と隊員たち。

ルキアは朽木を振り返ることなく駆けた。




全てが終わり、真実は一部のみが語られた。

しかし、噂は噂を呼び、正確な事実はいつの間にか隠されていた。

真実は、書庫の記録に記載されたまま。

金柑が四番隊に運び込まれた日、金柑の傍で戦っていた者たちは何も分からずに自分の隊舎に戻った。

そして、金柑は昏々と眠り続けた。




暗闇をひたすら歩く金柑。小さく燈された明かりが行く先を僅かながらに照らす。

金柑は自分の手の平を翳した。

赤黒く変色した手には、切り傷が刻まれていた。

金柑は、思い出していた。

丹京を倒さねばならない、と刀を止めたあの時のことを。

真一文字にのびた傷を右手の人差し指で辿った。
固い、くすぐったい…

私は丹京を殺した
人殺し?
巻き込まれたのは私だ

−小娘、私はお前に殺されたのか。理由もなく理不尽に−

金柑は、今来た真っ暗な道を振り返った。

−何故、お前は虚を殺す?−

金柑は叫んだ。
「私が死神だから!昇華したんだっ」

吸い込まれた金柑の声に応えたのは、やはりあの男の声だった。

−何故、私を殺した−

殺した…
ころした
殺した
金柑の頭に、言葉がこびりついた。

私は何で丹京を殺した?
どうしてだったの?

金柑は吐き気がした。

自分のしたことに対する意志の弱さに、金柑は眠り続けていた。

個室に一人、陽の光を感じることなく。

ガタンと鈍い音を立てる戸に反応も見せず、金柑は横たわっていた。

「金柑」

す、と室内を見渡し、ルキアは丸椅子を引き寄せた。

がらんがらんとわざとらしく音を立てて、まるで金柑を目覚めさせるかのように。

「金柑、起きぬのか」

夕焼けが二人の白い顔を染めた。

目を覚まさぬ友人を背に、ルキアはそっと病室を後にした。

静かな廊下が、ルキアを責め立てた。

何故、助けられなかったのかと。


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