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吉良だ。

「阿散井くん、下がって。破道の五十八、巓嵐」

光を寄せつけぬように三人の前に風が起きた。

しかし、簡単に跳ね返され、金柑は光に包まれた。

「そんな…」

異様に怠い身体を崩れ落とした吉良。治療の反動が更に顔を歪ませた。

檜佐木は、吉良の肩に手を置いた。



藍色の空間は、何故か金柑の心を落ち着かせた。

ぱしゃぱしゃ、と流れる水音を聞きながら、金柑は丹京の言葉を待った。

跳ね返る水飛沫が金柑の顔を濡らし、血を少しずつ洗い流す。

多少の血は止まり始めていた。
ありがと、吉良くん

金柑は、乾いた血を頬から払い落とした。

「昔話、をしようか」

言い淀む様子を見せず、やはり丹京は柔らかく笑った。

もっと、と丹京が呟いた。

金柑はまだ止まらぬ腕の止血をし、丹京を見つめた。

「もっと近づきたかったのだよ」

すぅっと目を細めた丹京に金柑は誰に、と尋ねた。「

奴の母親、東家の当主だ」
それは…
金柑は疑問に思った。それなら、どうしてこんなことをするのか、と。

否が応でも、金柑は引き込まれていった。

「東家の当主、蓮の母は私に叛鬼術をくらわせた」

丹京はどれくらい昔だったか、とあの頃を思い出す。


父に代わり当主となった冬の日、丹京はお目見えとして渦土の元へと足を運んだ。

小さな家屋、小さな庭には椿が咲いていた。

「歩み寄り、手を結ぶことを望んでおります」

丹京の艶やかな銀糸は、解け残った雪より美しかった。

「なりませぬ」

そう告げたのは、渦土の両当主であり金柑の育ての親だった。

「解ったろう。蓮がお前の元に来た理由が」

丹京は眉間に皺を寄せた。

「でも、渦土は」
金柑は信じられなかった。

自分を引き取り、優しく面倒を見てくれた両親の真実を。

「あ奴らも保守的だ」

それだけで、聞きたくなかった金柑の気持ちを感じ取った丹京は、そんなものだよと言い捨てた。

金柑は、ぐるぐると頭の中を巡る丹京の話す真実を何とか押さえ込む。

息を整え、現実に触れた。

「死神は」

金柑の視線から僅かに目を逸らした。

「滅却師、流魂街」

言い終えた丹京の目は、先程よりも暗く沈んでいた。

二人のいる空間はただただ静かで、二人の声だけが反響する。

時折キンと響く音が金柑を刺激した。

「分かってはいるが、おかしなものだ」
相容れないまま過ごしてきたモノを合わせることは、難しいのだな

丹京が自分たちの姿を丹京自身に重ねていたことに、金柑は揺さ振られた。

金柑は黙り込んだ。丹京の目を見ていられなかった。

だから、と丹京は言葉を発した。

「だから、人を信じていないのだよ」

丹京はスルリと金柑の目の前に立つ。

危害を加えるという危険を感じさせない丹京に、金柑は肩の力を抜いた。

見計らったかのように、長く白い指を金柑の頬に這わせた。

「お前もだろう、蓮華丸を信じきれてはいないのだろう」

冷たい指が這う。

ゾクリと金柑の身体が粟立つ。

丹京の言葉に再び揺さ振られた。

「そんな、ことはない」

金柑は自身の小さな声に苛立ちを覚えた。

俯かぬように金柑の顎を固定する丹京。

そして、口の端を上げた。

「私を殺す理由を得たからか」
ククッと笑う。

「それは違う」

金柑はそう答えたが、何処かで釈然としていなかった。

成る程、とばかりに丹京は顔を近づけた。

「自分の後始末のためか」

その言葉は金柑の心臓を鷲掴んだ。

「それが蓮華丸のせいだというのに」

答える隙を、考える隙を与えぬよう丹京は言った。

それは…
金柑は、否定出来ない自分がいることに戸惑った。

「ほら、信じる信じない以前にお前は蓮華丸を疎ましく思っているのさ」

囁かれた金柑は、恐る恐る口を開いた。

「違う…そうかもしれないけど違う」

身体に纏わり付く濡れそぼった襦袢の隙間から覗く痣。

痣から蓮華丸の温もりを感じた。

「違う、今まで助けられてきた」
そうだ、だから…

「だから」

言葉に詰まる金柑に丹京は、更に耳元で囁いた。

「人を信じることなど無用だ」



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