06



金柑は、週に一度道場に行くようにしている。最低限度の練習のために。

いつも通り練習を終えたところ、廊下を歩いていると人影がちらちらしていた。

「うおっ!悪かったな、大丈夫か?」

おやっと思っていた金柑は気をつけていた筈だったが、避けきれなかった。人影は、檜佐木だった。

檜佐木だと認識すると、金柑は手を振り大丈夫です、と慌てた。

「ウミノか。ソレなんだ?」

檜佐木は、手に持っていた竹刀袋を指差し尋ねた。

「練習です」

「だから竹刀袋か」

納得した檜佐木に、今度は金柑が尋ねた。

「檜佐木副隊長はどうなさったんですか?」

「射場さんに用事があってな」

「ウミノは夕飯まだよな」

「はい」

檜佐木は、それなら一緒にどうだと提案をした。

「用事あるか?阿散井もいるぜ」

黙ったままの金柑に、檜佐木はどうするか尋ねた。

無いけど、良いのかな

沈黙にも耐え切れず、やっとのことで、無いですと金柑は返事をした。

「じゃぁ隊舎前にな、書類だけ置いて来るから」

檜佐木は満足そうに笑った。

そして、金柑は檜佐木に連れられるがまま店に向かうことになる。

最近こんなのばっかり

暖簾を前に、金柑は気付かれないように溜め息を吐いた。

二人が暖簾を潜ると、赤い髪の男が手を振って立ち上がった。

「檜佐木先輩遅いっスよっ?」

「恋次貴様はっ!!」

間髪入れずにドゴッとめり込んだ様な音した。

金柑は自分の目と耳を疑い、触れないようにした。

「朽木は元気だなぁ」

この声、まさか

「浮竹隊長遅くなってすみません」

「いいよ」

浮竹と面識のない金柑は、慌てた。

ってぇ、と起き上がる阿散井。

さっき着いたんだろ、と檜佐木に小突かれて、あははと笑う阿散井。

金柑は、檜佐木の後ろから顔を出し、浮竹に会釈をした。

檜佐木は、頭を上げた金柑の首根っこを掴み、腰を下ろしながら言った。

まるで逃がさんとばかりに。

浮竹を目の前に金柑は、落ち着かなかった。

ルキアちゃん、助けてくれないかな

金柑が、ルキアを見ようと横を向く。

「金柑?ははぁん…飯に釣られ」

阿散井の言葉は途中で妨げられた。

「金柑、気にするな、こんな変眉毛」

「座れ阿散井…俺が誘ったんだよ」

椅子から落ちた阿散井を何事もないように促した。

「ルキアちゃん、お久し振りだね」
久しぶり過ぎるくらいかな

金柑は、ルキアの様子を窺った。



金柑が、ルキアと出会ったのは院生時代。

一回生の時、違う組だったがたまたま特進と一緒の実習で世話になった阿散井と金柑。

阿散井と金柑は、話すようになった。

ある日、阿散井と話をしていると、んがっと変な呻き声とともにつんのめった。

何ごとか、と不思議に思っていると阿散井が、背中を丸めたまま、ルキアァァァと叫んだ。

途端に飛び起きた阿散井は、グルリと後ろを振り向いた。

「恋次か?気付かなかったな」


絶対、狙ったよね
金柑は、ニンマリと笑う少女を見た。

腰に手を当て、黒髪で、金柑と同じか低いであろ少女。

金柑は思わず吹き出した。

金柑に気付いたルキアは阿散井を見上げた。

「恋次?」

「痛いんだけど。違う組だけどこの前一緒に実習つうか、剣術やったんだよ」

妙な空気が流れかけた時、背中を擦っていた阿散井が少女の頭に手を載せた。

「ルキアだ、流魂街からの付き合い、こいつはウミノだ」

「えっと金柑です。よろしくお願いします」
金柑は、頭を下げた。

「ルキアだ、よろしく痛いっ」

阿散井が、ルキアの頭をはたいた。

「ウミノ、こいつ鬼道が上手いんだぜ」

「本当にっ」

「恋次に比べたらな」

阿散井がギロリと睨むが、ルキアは事実だと言い伏せた。

「もし良かったら教えて。力が抑えられなくて」

「私がか」

のけ者にされた阿散井は、一人寂しく立ち尽くす。

ルキアは、物好きだなと微笑みながら了承した。

それから金柑は、授業が終わってからや、空いている時にルキアに鬼道を教えてもらった。

今、思うと阿散井くんはわざと鬼道の話をしたんだろうなぁ…

金柑は、檜佐木に笑われている阿散井を見て思い出していた。


ルキアちゃんが朽木家に引き取られて…

私が阿散井くんとルキアちゃんの話をお互いにしてたっけ

旅禍のこと、藍染隊長のことがあってからは久し振りに会うなぁ

「浮竹隊長、新顔というか、勝手に連れて来てしまいました。」

檜佐木の言葉に感傷に浸っていた金柑は、立ち上がった。そう思うなら何故連れて来たのだろう、と思いながら。

「七番隊ウミノ金柑です」

「浮竹十四郎だ。よろしくな、座れよ」

目尻を下げて笑う浮竹の周りは、騒がしい店内でそこだけ空気が違うように感じた。

「金柑は浮竹隊長に会うのは初めてか?」

「こういう場では初めてです。一方的には、あれですけど」

考えてみたら、ずっと六番隊だったもんなぁ

「さぁ食べようか。檜佐木くんは何にするんだい」

浮竹の言葉を皮切りに、皆が品書きを端から端まで見た。

浮竹と京楽の遊びの話、檜佐木の仕事量、阿散井と朽木の話、ルキアの朽木白哉の話と話は尽きることなく金柑は楽しかった。

あの旅禍の力は大きかったんだなぁ、と金柑は感じた。

金柑は、阿散井とルキアが朽木隊長について話をしていることが新鮮で、嬉しくて仕方がなかった。

「朽木は海燕に鍛えられたからなぁ。鬼道はなかなかだぞ」

「ウミノは、院生の時に少し教わっていたんスよ」

阿散井は、自分のことのように言った。

阿散井くんたら嬉しそうな顔をしちゃって…

それを見ている檜佐木もニヤニヤしていた。

「ウミノは何が得意なんだ?」

金柑は考えた。
「分からないです。白打はいまいちですし、足は遅いし、鬼道はムラがあるし、剣術もですね」

「そうか。これからだよな、檜佐木くん」

「ですね、得意分野を見つければ良いさ。射場さんも言ってたろ」

はい、と金柑は頷いた。

「ルキア使えよ?」

阿散井くんたらいきなり何を…

「鬼道だったらな。剣術ならやっぱり十一、はまずいな」

なんてことを…

金柑は、おかしそうに笑う阿散井の言葉に絶句した。

「金柑さえ良ければ、私は良いぞ」

「本当!」

勢い余って倒してしまった湯呑みから中身が零れた。

「うむ、また連絡をしよう」

「ありがとうっ」

卓を拭く手を止めて、金柑は喜びを噛み締めた。阿散井が微笑んでいたことを知っているのは、浮竹と檜佐木だけだった。


今日もいつもと変わらず資料整理、書類配達、書類整理、備品チェックを熟す。

ある程度終えたところで休憩になった金柑は、以前の傷の薬を取りに四番隊へ向かった。そこには雛森がいた。

「雛森ちゃ…雛森副隊長」

「あら、金柑ちゃん。久し振り。どうしたの?」

「傷薬を貰いに…雛森副隊長は大丈夫ですか、顔色が」

「大丈夫だよ、辛くなったらすぐ来るようにしてるからね」

雛森の顔色は、まだ青白く無理しているように見えた。お大事にとしか、金柑は言えなかった。

「金柑ちゃんの随分見てないね、楽しみにしてるっ」

以前、金柑の練習を雛森が見ていたことがあったからだ。

それでも、以前よりは雛森の笑顔を見られるようになったと金柑は上の空で思った。金柑は、嬉しかった。


雛森と別れた後、食堂で金柑が品書きとにらみ合いをしているとぽすっと頭に軽い衝撃。

金柑が、頭だけを後ろに反らせるとそこには、友人がいた。

「誰かと食べるの、そうじゃなかったらさ」

「食べるっ」

久々の再会に、二人は拳を突き合わせた。

それぞれ注文をして、受け取り、日の当たる隅っこの席を選んだ。

「ね…サイちゃんたら誰とお付き合いしてるのっ」
「えっ藪から棒にどした?」

金柑は、風の噂で聞いていたことを尋ねた。

ねっ、と乗り出す金柑にクスクス笑い出す。

なかなか止まらなかった笑いがどうにか止まると、金柑は早くと責っ付いた。

「同じ隊の人だよ。同期よ」

付き合うまで知らなかったけどね、と箸を置いた。

「そっか。楽しい?」

「ん、楽かな。どした?」

「最近ちょっとね…」

ハハ、と濁す金柑を敢えて追究することなく、友人は言った。

「ゆっくり考えれば良いよ」

かな、と首を傾げた金柑。

「気にしないっ !」

そんな話をしながら笑い合った。

「そういやさ、悩みはそれだけか」

「あぁ、結構負けず嫌いっていうかさ」

「上を目指したくなった」

間髪入れず、にっと笑いながら金柑に言った。

「みたい」
金柑は、笑いながら返した。

「金柑の思う通りにやったら?」

基本を忘れずに、と金柑は付け加えた。

「そういうこと」

クスクス笑いながら居ずまいを正した。

そして、戻らないと立ち上がる。

「ん、ありがとっ」

「何かあったら聞くし、聞いてね。それじゃ」

そう言って彼女は、食堂から去った。

彼女が行ってしまってから金柑は、ぼぅっとしていた。

「金柑ではないか?昨日の今日だな」

呼び掛けに意識を食堂に戻すと、目の前にはルキア。

あれっと素っ頓狂な声をあげた金柑。

良いかと尋ねるルキアに、どうぞと促す。

「考え事でもしていたか?」

「ぼんやりしてただけ、お恥ずかしながらね」

手を頭にやり、なはははっと笑った。

「そういえばチャッピーのソウルキャンディがまたもや売り切れだったのだ」

ルキアは、むぅっと眉間に皺を寄せながら箸をすすめた。

「えっ、そんなぁ。観賞用に欲しかったのに」

「金柑もか。チャッピーは偉大だなっ」

「可愛いよねっ!ギンノスケも捨てがたいなぁ…」

金柑は、片肘を着いて笑いかけた。

「あぁ、ネコのだな。しかし名前がな」

ルキアが、ふっと笑う。

確かに…せめてキツネにすりゃ良かったのよ

恐らく、ルキアも同じ考えであろう。

「だが私は兎だな」

チャッピー談義をする二人だったが、はた、と思い出した金柑はルキアに切り出した。

「上級の鬼道は難しい?」

「いきなりどうした?詠唱破棄は出来ないが…やりたいのか?」

ルキアは、ニヤリと笑った。

「ルキアちゃんにお願いしたいなぁ」

「雛森副隊長は?」

ぱちりと手を合わせ、箸を置いたルキア。

金柑は、うーんと唸った。

「鍛錬したことはあったけどね、鬼道は無いよ。阿散井くんに先に紹介してもらったしっ!ルキアちゃんに練習を見てもらうのも楽しくてさ、良い?」

虚をつかれたような顔をして聞いていたルキアは我にかえり、私で良ければな、と請け負った。

お願いします、と金柑はルキアに手を差し出した。

今更なんなのだとか言いながら、ルキアも手を差し出した。

その後、足取り軽く、鼻歌を口ずさみ隊舎に戻った金柑。彼女に不審な顔を向けた隊員は、多かった。


「破道の六十三 雷吼炮」

−バシッ
−パラパラ…

的の中心からずれた位置に当り、破片が散った。

「金柑はコントロールさえ出来ればな、威力は悪くないぞ?」

「詠唱破棄は難しいねー」

ぐいっと背筋を伸ばし、金柑は首を鳴らした。

「では双蓮蒼火墜はどうだ?」

ルキアは、さっさと次の的の前に金柑を引っ張った。


「血肉の仮面
万象、羽ばたき、ヒトの名を冠す者よ
蒼火の壁に、双蓮を刻む
破道の六十三、双蓮蒼火墜」

爆音を立てて、中心を射抜いた。

「凄いぞっ金柑」

飛びついてきたルキアに首を絞められながら、金柑は、たまたまだからと息も切れ切れに漏らした。

「いや、たまたまであろうが力はあるということだなっ」

やっと離れたルキアは、腕を組んだ。

そう、ルキアと約束をしてから、たまにではあるが、金柑はルキアに鬼道を見てもらっていた。

「ルキア、飯行くぞ!ウミノか」

二人は、ルキアが浮竹に頼んで借りた屋外の修練場にいた。

此処まで来たんだ…
金柑は、阿散井の様子に敬意を示そうか悩んだ。

「恋次…空気を読まぬか」

お疲れ様だね
ふふっ

「今日は兄様が早く帰宅するようでな」

ルキアは、別段躊躇うことなく言い捨てた。

「そういやぁ、朽木隊長終わるの早かったな…じゃまた別の日な」

ぐわし、と意気込む阿散井にルキアは、珍しく尻込みをした。

「前もって言わぬか」

辛うじて口にした言葉は、何とも言えない空気を作った。

二人は軽口を叩き合い、笑い合う。

橙色から夕闇が少しずつ滲んできた頃だった。


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