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トポトポと水が不定期に落ちる音だけがするそこに金柑はいた。

丹京は蓮華丸と金柑を簡単に会わせるつもりは無く、今でさえ結界を張り、同じ場所にいる二人を隔離していた。

金柑は解き放たれた身体を動かすことなく丹京に何をしたいのか、と小さな声で尋ねた。

「私が死神を征する為には力が必要だった。無論、京術を使役する京家に生まれたのだから問題は無かった。しかし、力が足りなかった。我らは裏の世界では陰とされ、蓮華丸の生まれた家である東家においては陽の扱いであった。」

そう話す丹京の表情は柔らかく、今から力を振るう者とは金柑には思えなかった。

しかし、金柑の考えていることに気付いた丹京は、視線を僅かに逸らした。

「やはり相反する力が在ってこそ成り立つものが『力』であり、『世界』なのだ」

金柑は淡々と物語る丹京の言葉に耳を傾けた。

決して理解するつもりではなく、何か弱みでもあるのかと探る為に。

「そうであるなら、やはり東家の者を率いれねばならない。我らはお互いが力を明かさぬ為に身を置く場所、噂ですら聞けぬ。仲介者である渦土家のみからしか聞けなかった。私が当主となってから暫くの時、渦土家から聞いたのだ」

「何を」

金柑の考えは脆くも崩れさり、単純に丹京が寂しそうに話す姿に何故か惹かれ、尋ねた。

「東家の当主、蓮の母の死。死すれば当主は蓮だ。此処で私は一つの賭けに出た。奴が母親の死に固執するかは分からなかったが、生けるモノの永久の願いの一つ、『生き返り』」

そこまで話すと丹京は自らも腰掛け、白い指を組んだ。

「出来る訳ない」

ポンと簡単に口から出た言葉に、金柑は悲しくなった。

そう、出来る訳などないのだから

「そう、しかし秘術を見つけられる可能性があるとちらつかせた。奴の本心は分からぬが、あの時東家に関わる者を血に伏したことを考えれば、奴が内側から私を狙うことなど、赤子でも分かることよ」

そう言い終えた丹京の瞳は、非道な程に冷たかった。

ひどい
確かにこの人は人を殺すことに躊いはない

そう金柑は感じた。
「おかしな話だとは思わぬのか。たかだか陰と陽の力があるだけで、交わることもならぬなど。渦土の者も頑固だったな」

そう言い、笑った丹京に金柑は確信をした。

「まさか」
こいつは…

三文字以上紡がれない言葉だったが、丹京は立ち上がり微笑んだ。

「あぁ、そうだよ」

金柑の心臓がドクリ、と打った。

金柑の指先は冷たく、手の平は嫌な汗でニチャリとした。

丹京は金柑に顔を近付け、低過ぎない高さの声を出した。

「昔話はこれくらいか。一つ言っておこう」

丹京の笑みに金柑は負けぬよう睨み付けた。

が、次の瞬間金柑は言葉を失った。

「お前の斬魄刀は斬魄刀ではない」

意味が分からない
金柑は理解し難い言葉に真実かさえ分からなかったが、ぽたりと手の甲に落ちた涙が、何故だか真実だと無情にも伝えたように感じた。

「お前には力が無い」

今まで…四十余年
蓮華丸と戦ってきた
嘘だ

嘘だ
うそだ…

尋ねたいのに問いただしたいのに

金柑の表情に満足そうに笑うとキュッ、と口角を上げた。

「さて、始めよう」

口火は切られた、果ては光か闇か。

金柑は丹京に聞くことも出来ず、ただ彼が土を操る姿をぼんやりと他人事のように眺めていた。

頭では丹京のしていることは、止めなくてはならないことだと分かっているのに。

準備が調ったのか、小さな受け皿に香を薫き、手を翳した。

ぼんやりと赤白い光が浮かび上がり、一つの塊だった土くれがズルズルと分かれた。

ある程度に分離したそれを確認すると、指先から銀色の筋を出して口を開いた。
「―光楼に落つる紅き滴
土城に染みる紅き滴
闇牢に根付く紅き滴―」

漸く頭を働かせた金柑は惑わされない、と信じ立ち上がった。

「何をするの」

思ったより震え、掠れた自分の声に金柑は手を握り締めた。

足先も冷たい…

丹京はその土くれを銀色の筋で繋ぎ、隣りに置かれた大きな白銀の盆に落とし入れた。

ぽちゃり、ポチャリと流れる空気に不似合いな音が金柑を不安にさせた。

どろり、と濁った水盆を一撫でした丹京は術を終えたのか、ふむと金柑に向き直った。

「蓮華丸を得る為にはお前を人質、贄とするしかないのだよ。奴もお前を利用していたのだからな」

利用していた、蓮華丸が私を

私は人質…利用されている

最初から蓮華丸の対話は対話じゃなかった?
信じられない
信じられない

信じたくない

色を失った唇が震える金柑に、丹京は白い指を持て余しながら笑った。

「さて、お前にやってもらわねばならぬことがある」

その笑みはあの離叛した男のそれによく似ていた。

各隊に指示が下されてから一刻程の時、リンはモニターの前で手に付いた煎餅のザラメを局服に擦りつけて慌てた。

モニターには虚の出現を表す淡い赤の印。

「どうしよう…鵯州さんっ」
こんなにも多いなんて…!
濃緑の画面が真っ赤に染まる。

「面倒だな、阿近を呼べ」

鵯州の指示に、リンは阿近を呼び出した。

手を拭いながら現われた阿近は、画面の様子に眉をしかめた。

「リン」
「はいっ」

リンは直ぐに釦に手を伸ばした。

『緊急連絡、緊急連絡です。虚、大虚発生。場所は瀞霊廷内全域、瀞霊廷内全域です』

同時に警鐘が瀞霊廷内に響き渡った。

慌てることなくモニターを睨んでいた阿近は、腕組みを解いた。

「局長を呼んで来い」

一際毒々しく光る赤に、鵯州は溜め息を吐いた。

暫くすると気怠そうに涅が入ってきた。

「ほう…来たかネ」



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