51



瀞霊廷のとある場所、童京は蓮華丸を水球の中に閉じ込めていた。

「姿形、それは…」

憎らしい程に造られたその外見は、蓮華丸には理解し難いものだった。

「そうだよ。君のだ、なかなか気に入っているのだがね」

以前に見た銀の長髪ではなく、黒髪の短髪姿に顔の作りまでもが『蓮』であった時の蓮華丸、そのものだった。

水球の中の水を指で操りながらも、表情に余裕のない蓮華丸は何をする気だと童京を問い詰める。

「分かっているはずだよ」

あの時のようにくるりと指で描き、無神経にも湯飲みに手を伸ばす。

変わっている訳はないのだな…
「死神に恨みは無いだろう」

蓮華丸は童京を睨み付ける。

「ふむ、恨みは無い。だが、あ奴等の存在に意味はあるか。否、無い。私とて、力はあるのだ。どうしてあ奴等だけがあそこに立つのだ。死神でなくてはならない理由などない筈だよ、蓮華丸。いや、蓮」

わざとらしく昔の名を呼び、あの頃同様に蓮華丸の身体を痛みが走る。

「っぐ…」

蹲る蓮華丸を嘲笑う童京。

「幾ら、蓮という本体では無いからとゆめゆめ思ってはならないよ。蓮華丸は蓮の産物なのだからね」

クスクス笑う童京を睨み付けた蓮華丸は、金柑をどうする気だと言った。

「蓮が斬魄刀に姿を変えられる程の波長よの」

ふむ、と笑みを浮かべ更にはスルスルとまた宙に紋様を描く、蓮から奪った力の証を。

「何が言いたい」
お前が使うべきモノではないっ

蓮華丸は身体を起こす。

「随分会わぬうちに口が悪くなったようだな。まぁ、良いさ。波長が合ううならば潜在能力、或いは感情の振れ幅が大きかろう」

童京は黙っていても仕方なかろう、と黙り込む蓮華丸の顔を覗き込む。

「手始めに雑魚共を眠らせる」

そう言って童京が印を組み始めると、蓮華丸は割れることのない水球に拳を叩き付けた。

その術は使ってはならないっ

蓮華丸から読み取った表情に、童京は印を組む手を止めた。

「手伝いを探さねば、手が汚れる。お前が式神を消したからな」

蓮華丸は童京の考えに気付いた。

「貴様っ」

「黙れ、蓮」

言い捨てると羽織りを翻し、鈴の音を鳴らしながら苦しむ蓮華丸を振り返ることなく歩みを進める。

「さて、始めようか」





「童京の目的が分からん、涅」

張り詰めた空気が和らぐ中、砕蜂が口を開いた。

「フン、分かる訳がないヨ。単なる力が目的かもしれないがネ」

涅は一人考えを巡らした。

「様子を見ましょう。ウミノさんだけが目的かもしれません」

卯ノ花の言葉に砕蜂が頷いた。

朽木が伏せていた視線を上げ、金柑の奥に座る阿近を見て言った。

「阿近、恐らく外に恋次がいる。中に入るよう伝えてもらえぬか」

「分かりました」

そして、涅が立ち上がったのをきっかけに皆が立ち上がり、金柑を残して隊首室を後にした。

「阿散井、隊長がお呼びだ」

阿近は眉間に皺を寄せる朽木の部下に告げた。

「暫く、ウミノを副官補佐、隊長補佐の扱いとして執務室から出すな」

何の前置きもなく告げられた金柑の処遇に、阿散井は声を荒げた。

「それはどういうっ」

朽木の自分を見据える目に圧され、途中で言葉を飲み込んだ。

「目の届く所に置け」
「分かりました」

阿散井はそう言うしかなかった。

「朽木隊長、申し訳ありません」

解けた髪が、頭を下げる金柑の顔を隠す。

「謝ることでは無い」

静かな声に金柑は頭を上げたが、顔は俯いたままであった。

「何がどうなってんだよ」

漏らした声は朽木に届いていた。

「まだ知る必要はない。分かり次第説明する」

金柑は、阿散井の顔も見ることが出来なかった。

執務室に戻った金柑は、異様な空気にいたたまれなかった。

そんな金柑に竹井は思い切って書類を手に声を掛けた。

「金柑さん、書類終わりました」

竹か

金柑は書類の確認をすると、三席に回すように指示を出す。

それでも動かない竹井に、金柑はどうしたのか尋ねる。

「あのっ!今夜は」

竹井の言葉に金柑は、気が紛れるかもしれないと期待を抱いた。

「大丈夫、行くよ」

今出来る精一杯の笑顔に、竹井は良かったと返す。

様子が気になったのか、阿散井が寄ってくる。

気付いた竹井はニィッと笑った。

「阿散井副隊長、今夜柴と俺と金柑さんで御飯行くんですけど、どうですか」

阿散井は腰掛けたままの金柑を見た。
心配だな

「あー、行くわ」

金柑を放り出す訳にはいかない、と阿散井は思った。

おっしゃ、と喜び勇みながら三席の元へ向かう竹に背を向けた金柑が、思いがけない名を出した。

「あの、ルキア誘ってもらえますか」

付け加える金柑に分かったと頷く。

「呼び捨て、出来るようになったんだな」

他愛もないことを口にした阿散井に金柑は、ふふっ…と笑った。


「金柑、飲み過ぎではないか」

ルキアは金柑の手からグラスを抜き取り、代わりに水を渡す。

ヘラヘラ笑う金柑は隣りの竹井に振る。

「えー、そんなことないよっ!ねぇ」

ねぇっと笑い合う二人に、阿散井は頭を抱えた。

「何だか、テンションが高いな」

ルキアは心配だから、と阿散井が金柑から言われたと聞き急いで来たのだが、何だこれはと呆れた。

「これも食べて良いよ」

卓に並べられた惣菜を目の前の柴岬に差し出す。

「食べて無いじゃないですか」

金柑の小皿にはちょこんとお新香やつくねがのっているだけで、お箸はさっきから動いていなかった。

しかし、そんな柴岬に身を乗り出し顔を近付け、なにと目を細める。

「…頂きます」

柴岬は差し出された竹輪を頬張った。

金柑とルキアのささやかな攻防に巻き込まれた竹井を保護していた阿散井に声を掛けたのは、よっと笑う檜佐木だった。

「檜佐木さん、どうぞっ」

悪いなと言いながら柴岬に詰めてもらい、金柑の前に座る。

「朽木、久し振り。金柑飲んでるなぁ、大丈夫なのか」

金柑の酌を受けた檜佐木にルキアは逡巡しながらも、それがと言った。

しかし、話す事は叶わなかった。

「あれ、副隊長じゃないですか」

ヒョコリと顔を覗かせた寒椿に檜佐木がおう、と手を上げる。

「一人か」
「たまにはと思って」

一人席に向かおうとする寒椿に、檜佐木が手招きをした。

「こっち来いよ」

金柑が押される形になり、檜佐木の前に寒椿が来る。

「金柑さん真っ赤じゃないの」

金柑に驚く寒椿だったが、隣りの竹井も大層なものだった。

「檜佐木さん、で続きなんスけど」

阿散井が立ち上がり、檜佐木の隣りに移動しようと腰を上げれば、かつての上官。

「よっ、恋次いるじゃねぇか!席空いてんだろっ」
面子を見回した一角の目付きが一瞬鋭くなる。

一角さん、あんた金柑が心配なのか

阿散井は、キャイキャイ騒ぐ金柑と檜佐木の言葉に悩むルキアを見比べた。

竹井が六番隊を希望した理由に一角は少し驚いた。

「金柑に憧れてか」
弓親の言葉にククッと笑いが零れる。

一方、檜佐木が阿散井の下に移動し、ルキアと三人頭を突き合わせていた。

「檜佐木さん知ってますか、何か」

阿散井が口火を切る。

「やっぱり何かあるか…」

それを受けた阿散井は、今日あった事を掻い摘まんで、檜佐木とルキアに説明をした。

「やっぱり占い師関連か」

檜佐木は水滴だらけのグラスを撫でる。

「いや、どうでしょうか。何故金柑なのか」
ルキアは、金柑が巻き込まれる理由が分からぬと呟いた。

「確かにな」

阿散井は幼馴染みの表情に悔しくなった、自分がもっと早く気付いていれば、と。

「ちょっと失礼、なんだい?あぁ、仕方ないなぁ。今から行くから待ってて」

喧騒に似つかわしくない伝令神機の無機質な音の呼び出しを受けた弓親は、はぁと溜め息を吐いた。

「ウチか」

一角のほんのり赤い顔に頷く。

「全く…僕の担当だから行ってくるよ。悪いね。一角これ」

弓親は一角に伝えた、金柑を頼むよと言葉にせずに。

すると今度はルキアの伝令神機が鳴り、チャッピーの白い根付けがルキアの漆黒の髪の側で揺れる。

漏れる朽木の低い声に、阿散井は静かに呼吸を整える。

「隊長がどうした?」

音も無く通話釦を押すルキアに阿散井は尋ねた。

「恋次、お前もだ」
何かが分かる

あぁ、私達に出来ることがあるかも知れぬ

二人は檜佐木に断り、腰を上げた。

「気にすんな、行って来い。酔っ払いは慣れてるからよ」

カラリと笑う檜佐木に感謝し、二人は草履を履く。

二人が振り向いた時、金柑の不安を帯びた目と、やたらと作った笑顔に後ろ髪を引かれる思いで、またな、とその場を後にした。

「大丈夫かな金柑さん」

柴岬はユラリと揺れる赤い顔が見せる憂いを感じ取る。

「何か、痩せた?気のせいかな」
寒椿は誰ともなしに問う。

「いや、痩せたな」
檜佐木はグラスを傾けながら言った。

「今日、たくさんの隊長さんが見えたんスよ」
「竹っ」

竹井がウトウトし出した金柑を確認し、他の四人に漏らしたが、それを柴岬が咎めた。

柴岬は知らされない情報を知りたかったが、言ってはならないと押し止どめていた。

だけどよ、と躊躇したが結局は話すことに決めた。

「その後に技局の阿近さんが斬魄刀を持ってったんス」
「金柑さんのか分かんねぇだろ…」


柴岬は信じたくはなかった。
だけど、様子なんか聞けない

「暫くは金柑に合わせてやれ、状況が分からねぇなら尚更だ」

暗い顔をする二人に一角がそう言うと、寒椿は頷き檜佐木があぁ、と続けた。

「言いたくなったら言うだろうし。聞くにしても情報がある程度溜まってからだ」

四人は意識があるのか無いのか、コックリと舟を漕ぐ金柑をそれぞれ思った。

したたかに酔った竹井を柴岬が支え、寒椿は自分の足でそれぞれ帰路に着いた。

随分と冷たい空気に温まった身体はすぐに冷え込み、檜佐木は金柑を背負う一角が少し羨ましくなった。

「隊に戻るんスか」

ぷらぷら揺れる金柑の足から滑りそうになる草履を手に取り、一角に尋ねた。

「まぁな、弓親も居るし。飲むっ!よっ、と」

外れかけた金柑の腕を自身の首に回し、一角は金柑を背負い直す。

こっちの方が近いですよ、とニヤリと笑った檜佐木に一角は少し黙ると、頼むと呟いた。

以前に比べると騒がしさが半減した通りを抜け、九番隊に向かいながら、たしたしと二人は歩く。

静けさが心地良くも不安を煽る。

「どう思います、一角さんは?」

一角が檜佐木の問いにふと浮かんだのは、背で眠る金柑だった。

違うな

一角は十一番隊を引っ張り出す。

「ウチの隊は半数が目を覚まさねェ」

檜佐木は十一番隊もだろうかと尋ねる。

「こっちは関係ねえと思ったんだが、三分の一だ」
どう考えたって、噂の占い師には関係ねぇ奴もだ

「下に情報を下ろしたいが、下ろせねェんだよなぁ…」

ケホリと咳き込む金柑を揺すりながら、一角は仕方ねぇだろと言った。

「立場だからな」
「嫌な考えばっかりスよ」

二人は早く全てが明るみに出れば良いんだと思った。


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