48



「今から隊首会を執り行う」

厳かな空気の中、秋特有の冷たさが床を這う。

「砕蜂隊長、報告を」

再度響く総隊長の声に、吉良は顔を引き締め、目の前の砕蜂に目を向ける。

「はい、童京なる男の出自は京術の一族と考えられ、調べました」

砕蜂の声が響き、時折身体を動かす更木から鈴の音が鳴る。

「ふむ、それから」

総隊長は砕蜂を促す。

「ただ、童京の名は無く、最後の一人は丹京です。一族は全て絶えています」

「絶えている?」

砕蜂の報告に反応したのは、浮竹だった。

「既に屋敷はありません」

浮竹をチラリと見やった砕蜂だが、身体の向きはそのまま総隊長に向ける。

「参ったねぇ」

重い沈黙を破ったのは京楽で、それを皮きりに吉良や雛森は息を吐く。

「霊圧の痕跡がほんの僅かでもあるようなら、私に渡してくれないかネ」

少し緩んだ空気の中、涅の声に誰もが彼を見た。

「なんじゃ、涅」

「繋がるかもしれないのか」

総隊長の言葉を引き継いだのは浮竹で、へぇ〜と京楽は笠をあげる。

「うさんくせぇな」

更木は首を鳴らしながら、涅から視線を外す。

「後で届けさせる」

砕蜂は些か苦い顔をしていた。



「金柑、稽古はどうする」

阿散井は、机で伸びている金柑を小突く。

「あ…鬼道の方に」

暫く刀とかやりたくない

「分かった」
まぁ、どっちにしろ鬼道に回すつもりだったが
本当に前線に出すのはキツいな

あの一件以来、物思いに更けることが多くなった金柑を、周りの隊員の中には自分ももしかしたらと考える者もいた。

「金柑さんっ」

木刀すら握らなくなった金柑に、竹井は思い切って声を掛けた。

「ん、どしたの?」

書類に墨が着かぬよう、脇に寄せて笑む金柑。

しかし、それは作られた笑顔で、竹井は萎みそうになる勇気を奮い立たせた。

「えっと、夕飯を柴岬と食べようかと。一緒にどうですか」

柴岬は後ろから姿を現し、唇を噛み締めていた。

「あー、良いねっ。そうしたら書類はきちんと上げてね」

柴にあんな顔をさせるつもりじゃなかったのに…

薄い書類の束を二人に差し出せば、竹井の笑顔と柴岬の息を吐く様子に罪悪感が金柑を襲う。

稽古の時間、金柑は一足先に六番隊道場横の開けた場所に足を進めた。

金柑は爪先で砂を払いながら、心許無いまま手を翳す。

「縛道の二十六、曲光。縛道の四、這縄」

金柑の手のひらに集められた小さな光が一瞬にして消え、捕らえたのは人型の腰。

鬼道の練習用にと据え付けられたそれは、ミシリと音を立てる。

やっぱり雛森ちゃんは凄いな

曲光の使い方を教わったのは良かったかも

曲光で覆うのは雛森は這縄ではなく、伏火であったが。

これなら違う組合せもありかな…

頭では冷静に考えてはいるものの、金柑の動きは緩慢であった。

それは、縛道のみで破道の練習をしないことにも明らかである。

金柑は辺りを見回し、唱えた。

「縛道の三十七、吊星」

―ズァッ―

―ダ、ダ、ダッ、ダンッ―

辺りの木に留められたそれは、弛みも無く張られていた。

嫌なことばっかり頭に残る

苛々とする自分に苛立ちを感じながらも、金柑は両手を胸元に構える。

「縛道の六十二、百歩欄干」
―ヒュッ―

―カッ、カッ、カカンッ―

やっぱり、難しいか

人形の周りに落ちたそれは、虚しい程に静かに姿を保つ。


―時は来た―

持っていない筈の斬魄刀の声に、金柑は見回しながら後退りをする。

ジャリジャリと音を鳴らす草履と足袋の間に砂が入り込む。

小さな淡い桃色の光が金柑の手元に灯り、斬魄刀の形になる。

「蓮華丸?最近、変だよ。どうしたの?」

現われた蓮華丸を握りながら、金柑は呼吸を整える。

―解放の時は来た―

少し高めの男の声は金柑の頭に響き、キンと耳鳴りを伴った。

「私は…」

訳が分からないのに巻き込まれてるの?
何に

脱力する金柑を甘い香が鼻をくすぐり、俯いていた顔を上げると蓮華丸が囁いた。

―すぐに分かる―

何それ…さっぱり分からない

金柑は自己嫌悪に陥り始めていたが、蓮華丸の言葉に意識を取り戻す。

―奴が来る―

「奴って誰のことなの」

尋ねたことに答えを返すことなく、蓮華丸は金柑を光に連れ込んだ。

「蓮華丸の世界」

そこは、蓮華丸の世界であり、青い空に浮かぶ白い雲はたなびき、地面代わりの水面には蓮と茎の無い蓮華が浮いていた。

―痣、痣は私のつけたものだ。力を蓄える為には仕方がなかった―

徐に口を開いた蓮華丸に、金柑は足下の水面から顔を上げて尋ねた。

「害は無いよね」
力を蓄えるって

蓮華丸は金柑の目を見据え、眉間に皺を寄せた。

金柑にこんな思いをさせるつもりはなかったというのに

―ただ、傷が依り代として付くことに関しては分からない―

短髪の黒髪は風に揺れ、甘い香が運ばれた。

薄い桃色の小袖に身を包んだ青年は金柑の手を取った。

蓮華丸の言葉に金柑は目を見開いた。

「依り代、誰かの代わりに…何で怪我するのか…分からなかった、から…ありがとう、と言うべきなのかな」

言葉はスラスラと自身も驚くくらいに紡がれ、蓮華丸は悲しそうに微笑む。

―治癒は私の出来る範囲だ―

トクリ、トクリと流れ込む霊圧は荒いものではなくひんやりとしており、金柑は身体を震わせる。

―だが、その力も弱り始めている―

痣の存在理由、依り代、治癒全てを知りたい金柑は、蓮華丸の華奢な手を握り締め一歩を踏み出す。

「どうして?」

悲痛に訴える金柑、悲しみを称えた笑みを浮かべた蓮華丸は悲しさだけを分かち合う。

―言えぬ、時が来る―

そう蓮華丸が言った瞬間、トロリと辺りが溶け出し、足下が沈む。

「蓮華丸っ」

金柑の声は、水に飲み込まれた。



>>


prev//
熾きる目次
コンテンツトップ
サイトトップ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -