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入院用の個室に向かう廊下は静けさに包まれ、普段なら陽射しが入る四番隊さえも暗がりに光が灯されていた。

小さめの個室の戸を叩き、中に入った弓親は金柑の名を呼ぶ。

「弓親さん」

身体を起こす金柑を、小さな灯がゆらりと照らす。

「お見舞い」

小箱と小瓶を小机に置こうと見やれば、どどんと置かれた二つの品。

「ありがとうございます」

弓親は自分達からのものを置き、尋ねた。

「浮竹隊長がルキアに託したみたいで」

浮竹隊長か

四番隊の常連であるが為に、話が早いことにも頷ける。

籠に盛られた菓子山の横の酒瓶には、送り主がすぐに連想され、弓親は言った。

「松本さんでしょ」

い、と笑う金柑に弓親はやっぱりねと笑い返す。

他愛もない話をしながら、弓親は金柑の様子を窺う。

酷く、落ち込んでいる
いや、吐き出せないだけなのか

「今は話せそうに無いみたいだね」

弓親は伏し目がちの金柑をの手を握った。

「すみません」

普段より随分冷たいじゃないか

俯く金柑に弓親は続けた。

「そりゃ、話せないことだってあるさ。そうだ、一角が来るって」
空気が違うとは思うけど

言わないと心の準備が出来ないだろう

金柑は弓親の手を握り、身を乗り出す。

壁の影が大きく揺れた。

「嫌われちゃいます」

あぁ、まさかとは思うけれど

弓親は継がれる言葉を察しながらも聞く。

「どうして」

眉間に寄った皺、大きく見開かれた目は又もや伏せられ、弓親の手が強く握り締められた。

「死ぬのが怖い…んです」

やっぱりね…

弓親は手を解き、両手で握り締める。

「大丈夫だよ」

そんな訳ないんだ
嫌われた
好き合わなくても良いから
嫌われたくない

その一心を、金柑の目が物語る。

「金柑、ね」

一角、君はどうするんだい

穏やかな表情を少しでも見せられる金柑に不安を覚えながら、部屋を後にした。

縋るような金柑の想いに、これから来るであろう親友を信じて。

朽木の要請に、何人かの十一番隊隊員を拾いながら向かった西流魂街。

雑魚のくせに量ばっかりだったな

それでも幾らか傷を負った隊員を連れ、一角は四番隊を訪れた。

救護室の騒がしさを怒声で落ち着かせたものの、自身が静かな廊下を歩けば、声を出したい衝動に駆られる。

こそばゆいな
「よ、金柑無事か」
弓親と異なり、一呼吸置く間もなく戸を開けた一角は、ぽかんと口を開けた。

寝間着を着替える金柑に橙の灯が照らされ、柄にもなく一角の胸は高鳴っていた。

「わ…」

慌てる金柑は上手く腰帯が結べずに肩がはだける。

「悪い、着替えてるとは…その華はなんだ」

そう言いながら目が離せずにいた一角は、鮮やかな華を見つけた。

なんだ、ありゃ…
刺青、じゃねえよな

何とか着終えた金柑に勧められた丸椅子に腰掛ける。

小机に置かれた弓親とやちるからの見舞い品に、頬が緩む。

「分からないです。少し前に…うっ」

ぽつりと話し出した金柑は急に泣き出した。

金柑?

膝を抱え、布団を握り締める金柑から漏れるのは嗚咽ばかり。

白い寝間着にうっすら透ける華を、一角は何故か見たいと思った。

「ひっ、ひっく…うえぇ、一角さん、嫌わないで下さい」

金柑の思いも寄らぬ言葉に、一角は尋ねた。

「何を言ってんだよ」

はふはふ、と息をどうにかしながら金柑は顔を上げずに泣き続ける。

「ひっ…ひっく…しば、柴岬助けた時、死ぬの、が…怖い…戦い、が怖いってぇ、うえぇ…ひっ、う…ふっ後輩も、自分も死んだ、らって…ひっく、ひっく」

段々と荒くなる息に一角は不安を覚え、どうにか腕を解き顔を上げさせる。

ひゅっ、ひゅっと息を吸い、吐くことがままならぬ金柑は過呼吸になりかけ、身体を震わせていた。

落ち着いて吐け、吐くんだ

一角は紙袋を探し、目についた酒瓶の袋を金柑の口元に宛てがう。

「いいか、ゆっくり吸って吐け」

触れた金柑の指先の冷たさに、思わず紙袋ごと握り締める。

既に窓の外は小さな光が瞬き始めていた。

「そうだ」

背中を擦る一角の大きな手のひらと温かさが、金柑の呼吸を整える。

あったかい…
一角さん

嫌われたくない…

「よし、そうだ」

幾分か落ち着いた頃、一角は金柑の手を握り直した、少しばかり冷えた手を。

「うあぁっ、ひぅ…」

小さな子供のように泣きじゃくる金柑を一角は無性に愛しくなった。

「おら、胸貸してやる」

丸椅子から立ち上がりベッドの上に上がり、向かいに座る、手を離さずに。

のろり、ゆらりと戸惑いながら身体を動かす金柑を、繋いでいない手で引き寄せる。

「いっ…ひっく、ひっく」

死魄装に染みる涙は温く、一角はいたたまれなくなる。

「俺は自分の信念を押し付けねぇ。金柑は金柑のペースで良い。暫くは前線に立つな」

そう言うしかねぇんだよな

一角は金柑の頭を撫でながら言った。

「でっ、でも…うえぇっ」

再度、息が荒くなり始めた金柑に、一角は自らも大きく緩く息をしながら金柑の様子を見る。

「金柑、ほら落ち着け」

一角に倣うように呼吸をする金柑は、甘えてすみませんと嗚咽混じりに呟いた。

大したことじゃねぇのにな

一角は構わねぇよと言ったが、阿散井の表情を思い出し提案をした。

「そう思うなら、退院祝いの飲み会」

乱菊がやらない訳はないと一角は考え、金柑と阿散井の為に場を提供する。

「うえっ?」

真っ赤な目が潤んだまま、鼻を啜る姿に笑えてきた一角は金柑の肩を叩く。

「恋次に笑ってやれ、な」

ぶんぶんと頷く金柑がまた泣き出したのを、身体を引き寄せ背中を撫でながら落ち着くまで、一角は胸を貸し続けた。

「よしっ」

ようやっと落ち着いた金柑に謝るなと散々言い、少しで良いから笑えと要求する。

照れながら、泣いたせいではないであろう頬を赤く染め、少しだけ微笑んだ。

一角は暗い中に浮かぶ自身の影を従え、廊下をぼんやりとした灯の中のんびりと歩を進めた。



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