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「隊長、金柑を任務に出すつもりは無かったんですが、他の隊の状況を考えると皺寄せで出さざるを得ないんですが」
出勤率が低下を見せ、副隊長会議での数字に阿散井は頭を悩ませた。
このことを朽木隊長に告げるってのもなぁ…と、更に隊長への報告に頭を痛めた。沈黙を破るように、朽木はガタリと椅子から立ち上がる。
「後方支援にさせろ」
普段より幾分低い声に、阿散井は唇を噛み締めた。
「できる限り恋次、兄も行くように」
ふ、と息を吐く朽木を背に阿散井は金柑を探す。
「眠り姫、か」
言い知れぬ不安が取り巻き、朽木に澱んだ空気を纏わせた。
金柑に後方の先頭を切らせ、四番隊に要請だなと計画する阿散井は、金柑が執務室に戻ってきた所で捕まえた。
「金柑、昼から虚だ」
表情には出さぬよう、阿散井は金柑を見る。金柑は微笑んでいた。
「蓮華丸」
冷たい風が一つに結んだ髪束を揺らし、死魄装を煽る。
―時は近い
キンとした声に背筋を震わせた金柑は、ジンッとした熱さを刀から感じる。
あちらこちらで激しい地鳴りや爆発音が、静かであった草っ原を取り囲む。
「最悪だな。竹井以下は引けっ」
倒しても倒しても現われる虚の数に、隊員たちは疲れから応戦が出来なくなり始めていた。
「副隊長!」
金柑は阿散井に駆け寄り、刀を構える。
「ちっ、無理をするな!蛇尾丸」
ギャリンッと蛇尾丸を飛ばし、駆ける阿散井の後を金柑は追う。
「蓮華丸」
小さく呟いた金柑は刀を振るが溢れる霊圧に近くにいた隊員が跪く。
「増え過ぎ…蓮華丸お願い、力を抑えて」
増える虚に、隊員を自らの霊圧で隊員を奪う訳にはいかず、金柑は呼び掛けた。
「応えてっ」
―パンッ
スルリと刀を平に横に構えると、阿散井の前に立つ。
「下がれ」
振り向いた金柑の顔つきに、阿散井は目を疑った。
「金柑?」
まるで、男のような表情に。
「下がれ、三、颪」
―ドンッ
いつもより鈍い音を放ち、土煙を上げる金柑の腕を阿散井は掴む。
「金柑どうした」
無理矢理振り向かせると、金柑は荒い息遣いのまま、いつもの丸い大きな目をパチリとさせた。
「何がですか」
怪訝な表情を浮かべながら、刀の力を押さえようとする金柑。
「何がって、お前…おい何で大虚が」
気付いた阿散井は、金柑を後方に下げようとした。その時、溢れる霊圧に引き寄せられたのか、虚が金柑に襲いかかる。
「危ねぇっ!!おい金柑っ」
蛇尾丸を振り下ろし、幾らかの虚を昇華させる。
「金柑?」
阿散井の呼び掛けに金柑は立ち上がり、辺りを見回す。
「げほっ、副隊長」
土煙から手腕を伸ばす虚の群れ。
ジリジリと力を持て余す蓮華丸からの初めての催促に、金柑は不安を感じながらも柄を握り締め、話し掛ける。
「蓮華丸、もう解放して良いよ」
高揚感などは無く、不安だらけのまま刀を下段に構えた。そんな金柑を止める間もなく、阿散井の前に出た。
「四、蓮獄」
金柑は自身ではない誰かが刀を握る感触を感じたが、それは蓮華丸の温もりだった。
―ズズッ
現われた水流で出来た蓮華の花弁が虚を包む。
―キィンッ
私が知らない蓮華丸の持つ技
蓮華丸が教えてくれる
さっきまで不安だったのに
地を蹴り飛び上がった金柑は、上から花弁ごと斬り放つ。
パンッと散る水飛沫が血を流す。
「ダメ、柴岬が」
二人が群れに気を取られている間に、柴岬は背後の虚に捕らわれる。阿散井が斬り掛かろうとした時、金柑が既に向かっていた。
「しまった」
極力、前線には出さないつもりだってのに!ちきしょうっ!
斬り放した手腕から柴岬を掴んだ金柑は、直ぐさま離れた。
しかし、金柑の背には爪による抉り傷が刻まれていた。荒い息を繰り返す金柑を柴岬に預けた阿散井は要請をした。
要請をしてすぐ、トンッと柔らかな霊圧が阿散井の横に降り立つ。
「阿散井、後は僕たちがやるから。早く金柑たちを」
引き連れた十一番隊が散開した。
「傷は、虚閃による中度の火傷。圧による呼吸器の圧迫。刺傷による多量出血。骨折はありません。では、集中治療に入ります」
金柑を勇音に託し、卯ノ花は阿散井に簡単な説明をし、今し方閉ざされた戸の奥へと消えた。
「お願いします、朽木隊長っ」
音もなく歩み寄る朽木に、阿散井は頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
任されたっていうのに…
くそっ
「ウミノのことだ、起こるべくして起きた。綾瀬川にも報告はしておけ」
阿散井の返事を待つことなく、卯ノ花の元へ向かう朽木に阿散井は、はいと返事をした。静か過ぎる廊下は、阿散井に自責の念を去来させるのに十分だった。
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